幼少期から引きこもりだった当時29歳の女性。大人になるにつれて奇行が目立ち、ついには殺人まで犯してしまう…。両親も共犯者として逮捕されたことで注目を集めた事件はなぜ起きたのか? 事件の背景をノンフィクションライターの諸岡宏樹氏の著書『実録 性犯罪ファイル 猟奇事件編』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/続きを読む

引きこもりの末に殺人犯になった彼女の人生とは? 写真はイメージ ©getty

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両親を奴隷のように扱った29歳の娘

 如月莉緒(当時29)は小学校2年生ごろから学校を休みがちになり、中学入学後は一切登校ができなくなった。

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 父親(59)は名医といわれる精神科医で、母親(60)も国立の教育大卒の才媛。両親は幼少期から娘を溺愛して育てたが、事態は好転せず、中学3年生からはフリースクールに通わせた。

 だが、フリースクールにはほとんど通えず、この頃から人体の構造に異常な興味を持ち始め、頭蓋骨の模型などを部屋に飾るようになった。

 18歳ごろになると、完全な引きこもりになり、昼夜逆転の生活を送った。そればかりか自殺未遂を繰り返すようになり、「如月莉緒は死んだ」「如月莉緒の体には5~6人の魂が入って、体を借りているだけ」と言い出した。両親は娘を「莉緒」と名前で呼ぶことを禁じられ、「お嬢さん」などと呼び、敬語で話さなければならなくなった。

 莉緒はその時々で話し方や様子が別人のようになるときがあり、時折虚空を見つめて、妄想上の恋人と会話をするようになった。自分のことを「シンシア」と名乗り、妄想上の恋人のことを「ジェフ」と呼んでいた。

 その「ジェフ」にプロポーズされたので、自宅で結婚式を挙げることになった。両親は莉緒の指示通りに装飾品を置き、リビングにカーペットを敷いて、莉緒がお香を焚いたり、音を鳴らす様子を列席して見守った。

 精神科医でもある父親は、莉緒の精神が不安定にならないよう、莉緒の妄想に対して、肯定も否定もしないスタンスだった。莉緒は精神が不安定になると、意味不明な言葉を叫び、自宅の壁を殴って穴を開けたり、自傷行為やオーバードーズ(医薬品等の決められた容量を守らずに過剰摂取すること)を繰り返すようになり、「これ以上生きていたくない。早くお迎えが来てほしい」と訴えるようになった。

 本人の精神状態が壊れると取り返しがつかない。両親は追い詰めないような関わりをするのが望ましいと考え、莉緒の希望はできるだけ叶えるようにしていた。

 しかし、莉緒はゴミも含め、物を捨てることも嫌がるようになった。自分の物を触られることも極端に嫌がるため、両親は莉緒が置いた物を移動させることさえできなかった。自宅は足の踏み場もなくなり、リビングは母親が寝起きするスペースを確保するのがやっと。父親は自宅で寝るスペースを取ることができず、ネットカフェで寝泊まりしていた。このように家族の中では莉緒が圧倒的な上位者になり、わがまま放題に振る舞い、両親は奴隷扱いされても叱ることはせず、「莉緒ファースト」の親子関係が形成されていった。

 莉緒は数年前からホラー映画やSMに興味を持つようになった。それまでずっと引きこもりの生活を送っていたが、事件の半年ほど前から怪談バーなどに繰り出すようになった。父親は送迎を担当し、夜通し遊ぶ莉緒に徹夜で付き合った。