ありのままの自然が否定され、「擬態」して生きている

横道 それなのに発達障害者に対しては「もっと普通になれ。無理なら障害者らしく謙虚にして、申し訳なさそうに生きろ」と要求してくる人がいくらでもいる。はっきり口に出さなくても、そんな思いでいる人も珍しくない。「なぜ同じような失敗ばかりして反省しないんですか」って。社会の制度設計こそ、そもそもの問題なんだと、なかなかわかってくれません。

ナナト すごく難しい問題ですよね。失敗して迷惑をかけてしまったときの申し訳なさは、もちろんこちらも表明するんですけど、普通に生きていることを申し訳ないとは思いたくない。集団のなかで、私たちの存在は扱いが難しいんだろうなとは感じます。

ナナトエリさん

横道 はい。『僕の妻は発達障害』のなかで、私にひときわ響いたメッセージは、昔の同級生と会うシーンでした。主人公の知花は言います。「自然じゃダメなんです。私は衝動にまかせて自然にしていたら嫌われてしまいます。なので自然にしないようにすると、今度は不自然になります。嫌われない自然ってどういうことでしょうか?」この場合、「衝動」というのは、ありのままの自然さということだと思いますが、その自然さが否定されてしまう。

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 発達障害者として生きていると、周りに責められないよう「擬態」して振る舞うので、自分たちの持って生まれた本来の特性を自然と豊かに成長させていく機会が損なわれてもいるんですね。定型発達者の表層的なモノマネになることが多い。本当は、発達障害者は発達障害にふさわしい成熟を求めていくべきだと思うのですが、ロールモデルがないんです。当事者は全人口の1割以下だし、その多くが擬態して自分の自然なありようを否定しているからです。成熟に向けて学ぶ環境が奪われている、という事実はもっと注目されて良いと思います。

「どこで生きるか」で人生が大きく変わる

ナナト そうですね。そこで思うのは、学校に行ったり会社勤めとかすると、自分が他の人と違うなということを痛感し、生きづらさを感じます。でも、本当に私たちって「どこで生きるか」によって、人生がとても楽になったり、逆に大変になったりする障害です。

 私の父は学者で、ちょっと変わってて明らかに自閉スペクトラム症だったんですけど、学問の世界ならうまくやっていけていました。それをはたから見ていたので、私たちにも生きやすい世界はあるんだなって。

 だから、いま辛い気持ちで生きている人たちがいたら、その狭い世界しかないと思わないで、自分の生きやすい所を探してどんどん違う世界へ出て行ってほしいと思うんです。転職なんて恐れずに、どこか生きやすいところを見つけてほしい。究極的には、多数派か少数派かなんて気にしなくてもいいような人生を送ってほしいと願っています。

横道 素晴らしい考え方だと思います。私自身、文学研究者として、あるいは著作家として働けることで、人生が救われてきたと思っています。普通の勤め人は絶対にできない。ほかの仕事をしていたら、「あの人ほんと無能だね」って言われ続けていたと思います。

ナナト 本書との出会いで、私は自分の許せなかった過去を「あ、こんな理由だったのか」と捉え直す機会をもらいました。自分への理解の解像度も上がって、より漫画も描けるようになった気がするんですよ。

横道 筆者冥利に尽きる言葉です。今日は貴重なお話をありがとうございました。

ナナト こちらこそ、本当にありがとうございました。

『発達障害者が旅をすると世界はどう見えるのか』
『僕の妻は発達障害』

僕の妻は発達障害 1 (BUNCH COMICS)

ナナトエリ ,亀山 聡

新潮社

2020年10月9日 発売

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