家族を亡くしても、浮気されても…「健気」
杉咲花の下町の太陽的な庶民感といえば、連ドラ『アンメット ある脳外科医の日記』(2024年、フジテレビ系)も浮かぶ。演じたのは記憶障害を患いながらも看護助手として働く元脳外科医という異色な役で、その設定はともすれば、むしろ庶民感覚と遠い存在に杉咲を置いてしまう可能性もあっただろう。ところがそうはならなかった。そこが杉咲花の俳優としての凄みである。頬のそばかすをメイクなどで隠さず演じたことも、視聴者の親しみを獲得した理由のひとつだろう。生々しい肌感が、主人公の生が一般視聴者の日常と地続きであることを感じさせた。
ただ、杉咲花の庶民感は庶民感だけでは完結しない。「健気」が付与される。『アンメット』のミヤビは、本来優秀なのだが過去2年の記憶がなく、今日のことを翌日には忘れてしまうという曖昧な状態のなかでも、地に足をつけて生きようとしている。そこに「健気」という言葉が滲んで見える。
『海に眠るダイヤモンド』の朝子は、幼ななじみの鉄平(神木隆之介)に想いを寄せていて、ようやく彼とうまくいきそうになったとき、彼をずっと待っている姿がこのうえもなくいじらしかった(悲しい運命のいたずらで、鉄平とすれ違い、会うことができない。いま思い出しても泣ける)。ただ、どんなに悲しい運命でも挫けないのが、杉咲花が演じる役である。
大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK、2019年)の女中シマは、スポーツに興味を持ち、体育教師となり、やがてオリンピックで活躍する人見絹枝(菅原小春)を見出し導いていく。だが、関東大震災の日、生徒たちと浅草十二階に出かけて行方不明になった。夫や娘を残して。懸命に生きてきた者があるときふいにこの世からいなくなってしまう。シマへの哀惜の情は誰もの心にも強烈に刻みつけられた。
朝ドラこと連続テレビ小説『おちょやん』(2020年度後期)の主人公・千代もそうだった。貧しい家に生まれ、母を早くに亡くし、父に売られ、苦労して苦労してようやく結婚した相手が浮気して子どもまで作って。千代は身を引くことになる。どうにも家庭運に恵まれない千代だが、どんなにしんどくても「明日もきっと晴れやな」と空を仰いでいた。
『おちょやん』のモデルの浪花千栄子のように、名脇役として光るタイプの俳優がいる。杉咲花は主役もたくさんやっているが、決して特別ではなく、ただただ地道に生きている人間を物語の主人公にすることができる俳優なのである。
『片思い世界』は杉咲花が長い年月をかけて構築した得意ジャンル、あるいはパブリックイメージ、庶民感と健気を見事に当てている。さすが当て書きの大家・坂元裕二による脚本だと思う。