広瀬すずを「まぶしく見ていた」
杉咲花のキャリアは長く、子役として活動していた時期もある。一旦、芸能活動を休止し、俳優の仕事を再開したのは中学生になってからだった。以後、テレビドラマや映画で活躍し、頭角を現しはじめたのは2015年、映画『トイレのピエタ』で、野田洋次郎と共に演じた人生に絶望した者の姿は、鮮烈だった。
2016年には『湯を沸かすほどの熱い愛』。余命わずかながら力強く生きる母(宮沢りえ)の娘役で、沸騰しそうな熱い演技をする宮沢りえに杉咲は真っ向からぶつかっていき、互いの熱が物語を力強いものにした。この作品で杉咲は第40回日本アカデミー賞の最優秀助演女優賞と新人俳優賞をはじめとして、数々の映画賞を受賞した。
健気というのは生きる強さである。マッチのように命の炎を燃やしている役が杉咲花には似合う。
彼女にしかできない役をたくさん演じている印象だったが、『ボクらの時代』で杉咲は、10代のとき、広瀬すずとオーディションでよく一緒になり、広瀬をまぶしく見ていたと回想した。どれだけやっていてもできない表現があるのだと吹っ切れたのがこの2、3年。自分の性格を好きになれなくても受け止められるようにマインドを変えていったそうだ。どんな役でも器用に演じているように見えて、葛藤があり、彼女なりに自分の個性を受け入れ生かしていった結果が、現在の庶民感と健気さなのかもしれない。
『52ヘルツのクジラたち』(2024年)でも『市子』(2023年)でもこれでもかと酷い目に遭いながら、ごく普通の日常生活に溶け込みたいと願っている、そんな役を演じてきた杉咲花。
ただ、それだけでまとめられる俳優でもないとも思うのだ。広瀬と清原と3人のなかで最年長ながら末妹のようにも見え、とくに『片思い世界』の優花はときに甘えん坊の少女のようでもある。と思えば、ふとしたときに理知的でしっかり者の長女のようにも見えるときもある(優花は大学で量子物理学を学んでいる)。輪郭のはっきりした演技をしているようで、意外とイメージが固定せず、どこか浮遊しているような感じが杉咲花のもうひとつの魅力だと筆者は思っている。
『十二人の死にたい子どもたち』(2019年)では黒い服を着て、哲学的なことを考えている高校生を演じていた。世の中を俯瞰して少し冷めた眼で眺めているような雰囲気もなかなかお似合いなのである。健気に身に降りかかる悲劇を乗り越え、どこか冷めた感情があるような。庶民感を演じながら、その奥に凄みを隠し持っているような。そんな感じがしてならない。杉咲花の右耳がいつも髪の毛からちょっとのぞいているのを見るたびそう思う。このほんの少しのアンバランスさは隠しきれない爪ではないかと。
筑前煮というザッツ日本の家庭料理のチョイスも、素朴に見えて、狙いに狙ったものとも解釈できないことはない。単なるあたたかみだけでなくどこかミステリアスなところこそが、杉咲花なのではないか。これは決して意地悪な見方ではなく、そんな二面性も俳優の神様からのプレゼントにほかならない。

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