罰として海に沈めたという話も……

 これは、「万物は数である」という学派の信条を揺るがす由々しき事態ですね。数はあちらの世界との交信手段である、非常に神聖なものです。「数では表せない量がある」ということが知られたら、教団の存在自体が一気に揺らぐことになってしまう。

 だから彼らは当初、この事実をひた隠しにしたとされています。誰かに漏らしてしまったやつがいて、罰としてそいつを海に沈めたという話もありますけどね。

 ともあれ、正方形の辺と対角線の比を調べると、辺が1に対して対角線は1.41421356237309504880……と終わりがなく、小数点以下の数列が循環することもありません。この数は後に√2と表されることになりますが、√2のように整数比で表せない数のことを、現在では「無理数」と呼んでいます。

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編 無理数って、なかなか強烈なネーミングですよね。存在を受け入れられないというか、とても否定的なイメージがあります。

古代ギリシャの数学界隈へのインパクト

文 そうなんですよ。無理数と言うと、「理」がないみたいでちょっと気の毒です。整数比で表せる数を「有理数」といいますが、英語では有理数をrational number、無理数をirrational numberと言います。rational(合理的な)のratioは「比」の意味をもっているので、英語を直訳するのであれば有比数と無比数ということになりますね。こちらの言い方のほうが実態をよく掴んでいるように感じます。

 とにかく、「整数比では表せない量がある」という発見が、古代ギリシャの数学界隈に与えたインパクトは大きかった。その結果、何が起こったかというと、彼らは「量のほうが数より一般的でもあるし、また本質的でもある」という認識をもつようになっていくのです。「数」よりも線分や面積などの「量」のほうがよりシリアスな対象であると考えるようになって、古代ギリシャの数学者たちは幾何学に傾倒していくことになるのです。

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加藤 文元

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