数の秘密が「あちら側」につながっている

文 どうやって交信するかというと、まさに、数を使って交信するというんですね。あちらの世界の人たちは自分たちよりも高尚な人たちなので、この世よりもはるかに美しく均整のとれた世界に住んでいる。だから、彼らの意思を汲み取るためには、自分たちが生きている汚い世界の中に隠された、美しいものを見出さなくてはならない。

 その美しいものの典型例が、竪琴の音色でした。竪琴は弦を上下にピーンと張り、はじいて振動させることで音を出しますが、弦のどこを押さえるかによって音の高さが変わってきます。弦を押さえる場所によって、長さを3/4、2/3、1/2というふうに短くしていけば、音の高さもどんどん高くなっていく。もうお気づきかと思いますが、第1章でも出てきた「整数比」が使われていますね。

 整数の比で表せる音を組み合わせると、美しい和音が生じることになります。それは完全に調整のとれた世界であり、まさに宇宙の音楽である。こうして「ハルモニア」という言葉が生まれました。ハルモニアはギリシャ語で調和という意味で、英語で言うなら「ハーモニー」ですね。

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ピタゴラス ©︎freehand/イメージマート

 こうして美しいものを知ることで、あちら側の世界のありさまを私たちも知ることができる。そのためには、数について探究しなければならない……というのがピタゴラスの考え方でした。ピタゴラス学派の宗教信条は「万物は数である」としていましたが、数に隠された秘密を一つ一つ解き明かしていくことで、宇宙の神秘を完全に解明することができると考えたのです。

「誰か」が整数比で表せないものを発見

 しかし、事件が起こります。第1章でも少し触れましたが、整数比では表せないものが発見されてしまったのです。ある時、ピタゴラス学派の誰かが、ユークリッドの互除法を使って正方形を調べているうちに、1つの辺と対角線の長さの比が求められないことに気づいたのです。この「誰か」というのは、ピタゴラス学派に入っていたヒッパソス(生年・没年不明)という人物ではないかという説もありますが、参考となる文献が乏しいために詳しいことは分かっていません。ピタゴラス学派はメンバーの全体像がほとんど分かっていない、謎に包まれた教団なんですよ。

 第1章のおさらいをすると、ユークリッドの互除法を使って、正方形の対角線に1つの辺がいくつ入るか当てはめましたよね。そこで出た余りを(1)として、今度は正方形の1つの辺に余り(1)がいくつ入るか当てはめる……と作業を進めていくと、いつまで経っても終わらないことが分かりました。正方形の「対角線」と「辺」という2つの線分の比は整数で表すことができないことに気づいたのです。