なぜ花魁もお歯黒だったのか

江戸時代、女性は結婚するとお歯黒によって歯を染めるものだった。江戸時代も初期には、とくに武家の娘は8歳や9歳でお歯黒をしたようだが、蔦重の時代の庶民は結婚前後に歯を黒く染めていたようだ。要するに、成人するための通過儀礼のひとつがお歯黒だったのである。

成人女性の象徴にはもうひとつ、眉を剃り落とすことがあった。20歳以上の女性のほとんどが眉を剃っており、蔦重の時代には、出産を機に剃ることが多かった。「べらぼう」に登場する松葉屋の女将のいね(水野美紀)や、大黒屋の女将のりつ(安達祐実)ら、吉原の既婚女性たちは軒並み眉がないが、こうした理由による。

そして吉原の女郎も、振袖新造(まだ水揚げが済んでいない若い女郎)が女郎としてはじめて客をとる「突き出し」の日から、お歯黒にする習わしだった。

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京都や大坂の女郎も原則、お歯黒に染めていたようだが、江戸では唯一の公認の遊郭である吉原を除くと、岡場所の私娼らは、また吉原でも芸者は、お歯黒にしていなかった。そもそも吉原の女郎たちも、未婚なのにお歯黒にしているということは、社会全体から見れば例外だったわけだが、あえてお歯黒にした背景には、客の一晩だけの妻になる、という意味がこめられていたともいわれる。

花魁を描いた錦絵も、口元をよく見ると、覗く歯は黒く塗られていることが多い。

このため、年季が明けて吉原から解放されれば、女郎の歯は白に戻っていた。しかし、瀬川に関しては、身請けされてすぐに鳥山検校の妻になったので、お歯黒のままだったはずである。

男性も歯を黒く染めていた

お歯黒は日本最古の化粧ともいわれ、『魏志倭人伝』や『古事記』にまで記述がある。平安時代に、最初は女性の成人の儀式として広まり、平安末期には男性のあいだにも広がった。したがって、昨年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の登場人物も、史実においては女性を中心に、多くがお歯黒にしていたはずである。