“ワガママ”なのに慕われる今西さんの愛嬌

 僕が会った時の今西さんの印象は、ひと言でいうなら「ワガママ」(笑)。生涯「初登頂の精神」でしたから自ずとワガママにならざるを得ない。人の言うことを聞いていたら、学問のフロンティアなんて切り拓けません。

 唯我独尊で、嫌いなことは一切しない。西陣織の問屋の息子だったので、子どもの頃から贅沢をしていたせいか美食家で、日本モンキーセンター(愛知県)に視察に来た時も「上寿司たのむ」。口にしたものがマズかったりすると、「これはワシの食べるものとは違う」と言って、プイと横を向いてしまう。

 そんなワガママな性格ですが、周りから慕われる愛嬌がありました。

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今西錦司さん ©文藝春秋

 生涯で1500山以上に登ることを目標にしていた今西さん。晩年は足が弱って、仲間に両脇を支えられながら山登りしました。そんな状態でなんとか頂上に到着すると、みんなで万歳三唱してウィスキーを飲み始める(笑)。そして、また両脇を支えられて下山する。こんな登山あるかという話だけれど、「弱々しいフリをして周りの気を引いていたのかな?」と思ってしまうくらい茶目っ気がありました。

「みんなに担がれる」ことがリーダーの資質

 そんな今西さんが「俺はリーダーにしかなれんのや」と言っていたのが面白い。リーダーは先頭に立って、強く皆をひっぱっていくだけでなく、「みんなに担がれる」ことが大切です。ボスとリーダーはちがう。ボスは力で「俺についてこい」と従わせますが、リーダーはむしろ担いでもらわないといけない。周りを自発的にその気にさせるのが優れたリーダーの資質です。今西さんはまさしく、そのリーダーの資質を体現していた方でした。

 80代だった1980年代、イギリスの古生物学界の権威で、保守的ダーウィン主義者のベヴァリー・ホールステッドという地質学者が、今西さんを“やっつけ”に来日したことがありました。

 ところが、ホールステッドさんは、今西さんや周りの弟子と対談して虚をつかれる。というのも、弟子もみんな今西さんの立てた理論を信じていなかったからです。

 今西さんの魅力に惹かれて集まっているけど、その理論の信者ではなく、越えようと切磋琢磨している。先生も弟子も対等に議論して新しい学問を拓こうとしている様子を目の当たりにしたのです。ホールステッドさんは論争相手なのに、後日著書で「今西の元に人が集まるのは、人間的な魅力があるからだ」と、書いています。

山極寿一さん

 常識に背いて我が道を貫く今西さんのワガママさは、強烈に人を惹きつける魅力にもなっていました。