2014年に情緒障害や学習障害のある児童のための学校に入ったものの、そこでも他の生徒に脅迫行為を働き、2016年にM・S・ダグラス高校に再編入した。が、ここでもクラスメイトに暴力を振るったり、「両腕を切断し銃を購入する計画がある」などと明らかに異常な発言を投稿するなどしたことから、2017年2月に同校を退学する。
その後も、ユーチューブに「たくさんの人を殺して自分も死にたい」「俺はプロの学校銃撃犯になる」といったコメントを投稿する一方、銃砲店でAR‒15型の半自動小銃を合法的に購入。警察から要注意人物にみられていたが、事件前は大型ディスカウントチェーン店の従業員として働いていた。
ちなみに養父のロジャーは2004年8月に67歳で、養母リンダは2017年11月に68歳で亡くなり、クルーズは銃撃事件の3ヶ月前に天涯孤独となっている。
事件当日、何が起きた?
2018年2月14日14時20分、クルーズはAR‒15型半自動小銃と複数のマガジンを入れたバッグを背負いM・S・ダグラス高校に侵入する。3階建ての同校には、このとき約900人の生徒と約30人の教師がいた。
クルーズは1階の教室に隣接する階段の下で素早く武器を組み立てた後、発砲を開始し、まずは1階の廊下や教室内で14歳から17歳の生徒9人を射殺する。この後、1階から2階に上がる階段で37歳と49歳の教職員2人を殺害。2階ではなぜか空っぽの教室に向け発砲しただけで3階に歩みを進め、14歳から18歳の生徒5人と、生徒を命がけで庇った35歳の教職員の計6人を射殺する。
犠牲者は全部で17人(14人は即死、3人は搬送先の病院で死亡。他に重軽傷者17人)。これはアメリカの高校における銃乱射事件では最大の死亡者数で、亡くなった生徒のうち2人はホロコーストの授業を受けている最中だったという。
また、この日、同校ではたまま火災訓練が行われ、いざというときの避難手順が説明されていたが、火を噴く銃の前には成す術がなかった。
クルーズはさらに教員室に入り、校庭に面したハリケーン対策の窓を撃ち破って下から逃げる生徒と職員を狙おうとしたが、失敗。同時に武器が故障したことで狙撃を止め、建物3階に銃を置いた後、逃げる学生に紛れて学校から逃走。現場近くのファーストフード店まで歩き、途中でショッピングモールに立ち寄ってソーダを買った後、15時1分に徒歩で立ち去る。大量殺戮を犯した直後の人間とは思えない、ありふれた行動が実に恐ろしい。
15時41分、学校から約3.2キロ離れた路上を歩いているところを警察が発見し身柄を確保。殺人罪で逮捕されたクルーズは素直に犯行を認める。第一級殺人17件と第一級殺人未遂17件で起訴された彼の裁判は2020年1月に始まる予定だった。が、新型コロナウイルス感染症の影響で何度も延期され、実際にフロリダ州地方裁判所で開始されたのは2022年7月18日。
弁護側は「事件の要因は学校にある」と主張
犯行の計画性(特にグーグルやユーチューブでの大量殺人に関する検索履歴)や残虐性から検察が死刑を求めたのに対して、弁護側はクルーズの実母が彼を妊娠中に喫煙、飲酒、様々な違法薬物を使用したことが原因で脳に損傷や障害を負ったにもかかわらす、州や学校などが適切な治療を受けさせなかったことが事件の要因であると主張。同年11月2日、陪審員は仮釈放なしの終身刑を勧告する。この判決に傍聴席で公判を見守っていた被害者遺族・関係者の誰もが大きな落胆を覚えたことは言うまでもない。
事件は様々な余波をもたらす。
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