実は乃木大将のことを尊敬していたんですよ
――当時はどんな本を読んでいましたか?
前川 うちの親父は国内外の文学全集を家にダーっと並べていたんです。だから、暇に任せて小学生の時からめくってはいました。家の文化的環境って大きいなって思いますけど、影響を受けたものは何だろうな……。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は、とにかく全部読んでみようと思って読破しましたね。絶対の真理とか、絶対の倫理とか、そんなものってあるのかどうか、ずいぶん考えたものですよ。ドストエフスキーはこれと『罪と罰』しか読んでないですけど。
――分厚いところを2作品も。
前川 途中でやめた本も多いですよ。ドストエフスキーの『二重人格』とか、わかんなかったなあ。
――音楽はどんなものを聴いていましたか?
前川 家にあったレコードといえば親父が早稲田なもんだから、A面が早稲田の応援歌、B面が慶応の応援歌っていうやつ。よく聴いてましたね。あとは軍歌が多かったですね。
――軍歌ですか!
前川 私が結構好きだったのはね、『出征兵士を送る歌』。
――「我が大君に召されたる~」
前川 えっ! よく知ってますね。
――私、軍歌の研究もしているので……。
前川 それはそれは。『空の神兵』、あれもいい歌ですよね。それから国民歌の色合いが強いけど『愛国行進曲』。『戦友』は「ここは御国を何百里~」か。そうだなあ、あとは『軍艦マーチ』も好きだったですよ。「守るも攻むるも黒鉄の~」。あとこれは軍歌ではないけども『水師営の会見』。
――乃木大将ですね。
前川 僕、実は乃木大将のことを尊敬していたんですよ。小学、中学くらいまでは相当に。『海ゆかば』も好きです。あれは音楽作品としてかなり優れたものだと思います。「大君の 辺(へ)にこそ死なめ かえりみはせじ」ってね。まぁ、『水師営の会見』だの『海ゆかば』だの『愛国行進曲』だの、完全に右翼って言ってもいいくらいですよ、そういう意味では。
軍歌好きから反戦歌好きに
――意外ですね……。他にはどんな音楽を聴いていましたか?
前川 あとはクラシックですね。はじめはベートーヴェンばっかり聴いてました。それからチャイコフスキー、ブラームス。交響曲系が好きで、マーラーにも広がっていきました。ショパンやベルリオーズの『幻想交響曲』もいいですね。でもやっぱり、ベートーヴェンはすごいと思う。
――ポピュラー音楽はいかがでしたか?
前川 フォークソングはよく聴いていました。高校生くらいのときにフォーク・クルセダーズが出てきて、これは衝撃的でした。「おらは死んじまっただ~」の『帰って来たヨッパライ』。これ、歌かよ? って。でも、フォーク・クルセダーズで好きなのはやっぱり『イムジン河』『悲しくてやりきれない』。フォークソングというと、やはり反戦歌が多いわけで、外国であればピーター・ポール&マリーの『花はどこへ行った』。この歌はキングストン・トリオのほうが好きですけどね。
――軍歌好きが反戦歌好きになったんですね。
前川 まぁ、いろんなものが若い頃にどんどん入ってきたわけです(笑)。そうやってカオスの中から人間ができていくんじゃないですか。
写真=榎本麻美/文藝春秋
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まえかわ・きへい/1955年生まれ。1979年文部省入省。2017年1月、文部科学事務次官を辞任。近刊に『面従腹背』(毎日新聞出版社)。