企業では経営資源が豊富であればあるほどうまく行く。また個人の場合もモノやお金をたくさん持っていて、能力に満ちあふれている方が幸せな人生を送れると信じられている。それに対して、企業も個人も今あるリソースを有効活用した方が物事がうまく行くし、創造力も発揮できると説くのが本書である。
前者を常に上を求めるということで「チェイシング」と呼び、後者を今ある経営資源や能力の有効活用を図るということで「ストレッチ」と呼ぶ。オリンピックの銀メダリストの満足度が銅メダリストより低いという逸話は説得力がある。
チェイシングを行う理由として「社会的比較」と「機能的固着」というキーワードを取り上げている。社会的比較は、常に上と較べるために満足することのない状況を表し、せっかく良い仕事に就いていてももっと良い仕事があるはずだ、あるいは今の家よりもっと広い家に住んでいる人がいるなどと考えてしまう。
また機能的固着とは自分の持っているもの、価値観に縛られてしまうことを表し、結果として柔軟な発想が欠如して創意工夫が生まれない状態を示す。著者によれば、企業も人を採用するとか設備に投資するといったリソース獲得の重要性を過大評価し、手持ちのリソースを活用する方法を過小評価する傾向があるという。これも頷けるところである。
別の言い方をすれば、リソースに溢れた企業や人ほど、さらにリソースを増やすことに熱心になり、創造することや工夫することを忘れてしまう。一方でリソースが少ないと、制約のある中で考えるため、新しい発想が生まれる。友人の建築家の「建築家がその才能を発揮するのは、東南の角地に面した長方形の一等地ではなく、傾斜地や日当たりが悪く形もいびつなときだ」という話を思い出した。
日頃お金やモノがたくさんないと安心できない人や上昇志向の強い人にほど一読を勧める。
Scott Sonenshein/シリコンバレー企業での勤務経験、AT&Tやマイクロソフトなどでの戦略コンサルタント経験等を経てライス大学教授(経営学担当)。フォーチュン500企業の幹部、起業家、専門家などもサポートする。
うちだかずなり/1951年生まれ。ボストン・コンサルティング・グループ社元日本代表。早稲田大学ビジネススクール教授(競争戦略論)。