「中井やまゆり園」の虐待事件
その懸念は様々な形を成して、次々と表面化した。津久井やまゆり園事件の惨劇から7年後の2023年5月、神奈川県の「中井やまゆり園」の虐待が大々的に報じられた(虐待疑惑報道は2021年からあった)。
前記の「津久井やまゆり園」と施設名は同じだが、前者が指定管理者制度によって神奈川県下の社会福祉法人が運営する施設であるのに対して、この「中井やまゆり園」は神奈川県の直営による法人である。
非常勤47名を含む193名の県職員が働く「中井やまゆり園」で何が行なわれたのか。第三者委員会の調査で「虐待の疑いがある」と指摘された25件のなかには、入所者に対する平手打ちや殴打以外にも、次のようなものが確認された。
20時間を超す居室施錠(部屋の外側からの施錠)。その状態に10年以上も置かれてきた入所者。鎖骨を折った入所者。肛門に直径2センチのナットを埋め込まれた入所者。頭に剃り込みを入れられた入所者……等々。
前出の植松聖が犯行前に衆議院議長に宛てた手紙のなかに、「施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」という表現があった。この中井やまゆり園でも「生気の欠けた職員」が、日常的なストレスや苛立ちを弱者に向け、虐待に走っていたのか。
そして、2024年7月には、京都市のクリーニング店に勤務する知的障害のある男性が、同僚男性2人に「お前、臭いねん」と大型洗濯機のなかに放り込まれた上、それを稼働させられたことで全身打撲の大怪我を負うという事件が発覚している。
条約の趣旨をまったく無視した的外れな答弁
こうした日本の障害者施策の暗部を国際社会はどう見てきたのか。
すでに書いたように、日本は2014年、国連の障害者権利条約を批准した。「私たち抜きに私たちのことを決めないで」を合言葉とするこの条約を、日本がいかに遵守してきたか。
2022年8月、国連の障害者権利委員会によってそれが審査された。日本政府と内閣府の障害者政策委員会は、それに先立って同権利委員会に報告書を提出。障害者団体や日弁連なども「パラレルレポート」を作成し、いまだ残る課題や改善点を同じく提出していた。
その内容のすべてに目を通した18名の同権利委員会の委員は、「虐待はどこまで防止できているか」「障害者の雇用はどこまで進んでいるか」「女性の権利は守られているか」などの質問を用意し、政府がそれに回答するという形式を取った。
しかし、同権利条約第19条の「自立した生活及び地域社会への包容」を見据えた質問に対する厚労省の答弁は、周囲の失笑を買った。
「日本の施設は高い塀や鉄の扉で囲まれていません。桜を施設の外や中で楽しむ方もいます」
この的外れな答弁は、条約の趣旨をまったく無視したものだった。