プロレス劇画の金字塔『プロレススーパースター列伝』で知られる漫画家の原田久仁信さんが5月7日、心筋梗塞により急逝した。73歳だった。
原田さんは昨年11月、代表作を回顧した『「プロレススーパースター列伝」秘録』(文藝春秋)を上梓したばかり。関連の著者インタビューでは新たな作品への意欲も語っていただけに、長年にわたり仕事をさせていただいた私も、突然の訃報をまだ受け止めきれないでいる。
福岡県に生まれ、静岡県の熱海市で育った原田さんは、高校卒業後にアパレル企業のJUN(株式会社ジュン)に就職するも、すぐに退職。その後アルバイト生活を経て、幼少期からの夢だった漫画家を志した。
1978年に「第1回小学館新人コミック大賞」で入選。1980年よりメジャー誌の『少年サンデー』(小学館)で、梶原一騎原作『プロレススーパースター列伝』の作画を担当した。80年代前半のプロレス黄金期を彩ったこの作品は、プロレス少年たちの「バイブル」となり、いまなお読み継がれている不朽の名作である。
『うる星やつら』『タッチ』時代のサンデーで“実質1位”に
編集者の私が原田さんと面識を持ったのは20年前の2005年。当時、商業誌に連載を持っていなかった原田さんにノンフィクション形式のプロレス劇画を依頼したところ、これが好評を博したため、シリーズ化されることになった。
デジタル全盛の漫画界において一切のツールを使用せず、ペン入れからトーン貼りまで、すべての作業をアナログでこなす原田さんの劇画には、唯一無二の味わいがあった。線路沿いのアパートに構えていた昭和の匂いが残る仕事場で、深夜までプロレス談議に花を咲かせた日々が鮮やかによみがえってくる。
原田さんが『列伝』を連載していた時代、『少年サンデー』には“不動のトップ2”と呼ばれた強力な作品があった。『うる星やつら』(高橋留美子)と『タッチ』(あだち充)である。
激しい生存競争が繰り広げられていた当時の少年漫画誌で、異色の存在だった劇画調の『列伝』は、読者アンケートで“実質1位”(原田さん)の3位に食い込むことが多く、この大善戦には当時の田中一喜編集長も驚いたという。

