原田さんはこう語っていた。

「当時の『サンデー』は、青春ラブコメ全盛期でしょう。そこでもって女の一切出ないプロレス劇画ですから、よくこんな連載が始まったと思いますよ。それでも人気作品に育ってくれたのは幸運でした。梶原先生の原作と、当時のプロレスが持っていたエネルギーが、いかに大きなものだったかを改めて痛感しています」

 遺作となった『「プロレススーパースター列伝」秘録』の巻末には、『列伝』と原作者の梶原一騎を回顧する劇画作品(「『列伝』よ、永遠なれ」)が収録されている。

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『「プロレススーパースター列伝」秘録』巻末に掲載された梶原一騎回顧作品

 同書の構成を担当した私は、劇画のストーリーについて原田さんと何度も話し合い、雑談のなかから描くべき価値のあるモチーフを見つけようとした。最終的に選択されたのが、ラストのシーンで描かれた「本当の自分とは何か」というテーマである。

「僕は当時、佐山の本を読んで衝撃を受けました」

 原田さんは、80年代前半の新日本プロレスで活躍し、マット界の伝説となった初代タイガーマスク(佐山聡)についてこう語った。

「マスクを脱いで素顔になった後、佐山はUWFに参戦し、その後『ケーフェイ』という本を出しています。僕は当時、その本を読んで衝撃を受けました。佐山はリアルの格闘志向を持っていた人間で、“飛んだり跳ねたり”のタイガーマスクは、彼の目指していた場所と対極の位置にあったというのですから」

初代タイガーマスク

『ケーフェイ』(ナユタ出版会)は1985年に刊行された、知る人ぞ知る「禁断の書」である。プロレス界の隠語である「ケーフェイ」とは、部外者に漏らしてはいけないプロレスの秘密の核心、つまりプロレスの試合には、あらかじめ決められたシナリオが存在するという事実を指している。

 同書のなかで、『週刊プロレス』の山本隆司記者(後のターザン山本編集長)は佐山を指し「ドラムを叩きながら、心のなかではチェロを演奏しているような男」と書いた。

 心のなかでは真剣勝負の世界を希求しながら、巨大な商業主義の軍門に降っていた佐山の屈辱を表現したものと思われるが、当時、プロレス界のスーパースターが密かに抱えていた自己不一致の苦悩を理解していたファン、関係者は少なかったはずである。