カイロ大学文学部を4年で卒業したという小池百合子氏のアラビア語が、本当にそんなにすごいものなのか、かねてから私は疑問に思ってきた。なぜならアラビア語は日本人にとって最も習得が難しい外国語の一つだからだ。

エジプト人は「日本で6か月やった程度のレベル」

 英語や中国語のように日本で学習者が多い言語なら、氏のアラビア語の能力についてはとうの昔に評価がなされているはずだ。しかし、小池氏のアラビア語を肌で知る外務省の職員や、同省から仕事をもらっている通訳業者などは、有力政治家である小池氏の影響力を怖れ、長年口をつぐんできたというのが実態のようだ。

首都の「顔」でもある小池都知事 ©文藝春秋

 そこで氏がどの程度のアラビア語を話しているかを調べるため、原稿をあまり見ないで話している下記の3つの動画を選んで検証した。

ADVERTISEMENT

 結論から言うと、小池氏のアラビア語は「ハチャメチャ」である。一緒に動画を見てもらったロンドン在住のエジプト人ジャーナリスト(1980年代にカイロ大学の英語科を卒業)の感想は「これはStreet Arabic。エジプトで生活したかもしれないが、大学で学んだ人のアラビア語では絶対にない。日本で6か月やった程度のレベル」。

本来は格調高く、美しい正則アラビア語

 説明の前提としてアラビア語には2種類あることを憶えておいて頂きたい。一つは正則アラビア語(フスハー)という格調高く美しい万古不変の言葉で、アラビア語圏で普遍的に通じる。コーラン、政治家の演説、テレビのニュース番組などは正則アラビア語である。本、雑誌、手紙、大学の試験の答案など、アラビア語が文字で書かれる場合は、すべて正則アラビア語を用いる。したがってアラビア語圏の大学を卒業するためには、正則アラビア語の会話、読み書きに堪能でなくてはならない。

 もう一つのアラビア語は、人々が日常話している口語(アンミーヤ)で、アラビア語圏でも地域ごとに異なる。市場でおばちゃんがわめいたり、道で子どもたちがサッカーをしたり、家族や友人同士が世間話をするときなど、生活の幅広い場面で使われる。

カイロ・アメリカン大学の卒業式で修士のフードを授与される筆者(写真提供:筆者)

 私が最初にアラビア語を習ったのは20代半ばの頃、三鷹にあるアジア・アフリカ語学院の半年間の企業研修コースだった(その後、カイロに1年10ヶ月留学)。そのときの先生の一人が小笠原良治大東文化大学名誉教授だった。イスラム教に改宗し、エジプト人学生と同じ寮に住み、エジプト人学生と同じかちんかちんに硬いエーシュ(小麦粉とトウモロコシの粉を混ぜ、発酵させずに焼いたパン)を食べ、艱難辛苦の末に7年間をかけてカイロ大学文学部を卒業した小笠原先生は、格調高く、美しい正則アラビア語を、アラブ人のように正確な発音で話された。私たちは、そのアラビア語に畏敬の念を抱いたものである。