1ページ目から読む
2/4ページ目

私たちの社会は凶悪犯罪とどう向き合うのか

 第二に考えなければならないのは、私たちの社会が凶悪犯罪とどう向き合うのかという論点である。

 もちろん、犯罪は許してはならない。犯罪を実行し、それが立証された者は罪を償わなければならない。またそういう犯罪が起きないように、社会は抑止力を持たなければならない。これらは当然のことである。

 しかし一方で、私たちの社会は決して完璧にクリーンな場所ではない。この平和に見える社会の薄皮を一枚めくれば、そこには犯罪者や逃亡者、暴力団、半グレなど、社会の裏側で生きる人たちがうごめいている別の層が立ち現れてくる。こうした異世界は、決して消えてなくならない。

ADVERTISEMENT

 さらには「モンスター」としか呼べないような、犯行理由がさっぱり理解できない者による凶悪犯罪もある。

 私は1980年代の終わりから90年代の終わりまで毎日新聞で事件記者稼業をしていて、たくさんの凶悪事件を取材した。新聞紙面に書いた事件の数は、100件は下らないと思う。殺人や強盗、誘拐などの凶悪事件の多くは、貧困が理由だったり、愛憎だったり、さまざまな要因がからみあっている。明らかに「社会が悪い」としか言いようのないケースもある。

©iStock.com

本当に理解できなかった「東電OL殺人事件」

 しかし中には、本当に理解できない事件もあった。たとえばこれは加害者ではなく被害者の側の話だが、1997年に東電OL殺人という驚くべき事件があった。東京電力に勤める女性社員が、渋谷の場末のアパートで殺害されているのが見つかったというもので、捜査によって被害者の意外な素顔が明らかになり、世間を驚かせた。彼女は慶應義塾大学を卒業し初の女性総合職として東電に入社したエリートだったが、勤務が終わると渋谷のホテル街の路上で街娼をしていたのである。

 犯人は彼女の売春の客と推定され、ネパール人男性が逮捕された。いったんは無期懲役が確定したが、その後証拠不十分で再審無罪となっている。真犯人はいまだにわかっていない。

 事件が起きた時、私は毎日新聞社会部の警視庁捜査一課担当で、後輩と一緒に被害者の周辺をかなり綿密に取材した。しかしどんなに取材しても、なぜ彼女が街娼などをしていたのかという心の深部については、結局よくわからない。彼女の語った言葉をいくら探し出しても、その向こう側にあったであろう心理までは読み取れなかったのだ。取材の限界というものをひしひしと感じた。