忘れられない伊丹駅でドアが閉まった瞬間の情景

 快速電車は急速にスピードを上げていき、停車しない北伊丹駅を通過する時には、最高制限速度の時速120キロを少し超えていた。それでも福知山線に慣れていない花奈子には、異常なこととは感じなかった。

 途中停車駅の伊丹駅に急停止する感じで着いた時、窓の外に駅のホームがなかった。変だなと思っていると、電車はバックし始めた。《オーバーランしたのか》と思ったが、JRの線ではよくあることなのかなと、大して重大なこととは思わなかった。

 伊丹駅では、新たにかなりの人々が乗ってきて、急に混雑した感じになった。ドアが閉まり動き出した。花奈子は、後になって事故の体験を思い起こす度に、ドアが閉まった瞬間の情景が、もはや逃れることのできない運命共同体の中に乗客たちを閉じこめた瞬間のように思えてならないのだった。実際、それは妄想などではなく、紛れもない現実だった。

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 伊丹駅を出てからの電車のスピードは、花奈子にも異常に感じられ、吊り革をしっかり握っていないと転倒してしまいそうなほど激しく揺れた。発車してから事故が起こるまでは、あっという間だった。

 花奈子は、1両目との連結部に近いところに立っていたので、連結部の窓越しに、1両目の車両の動きの異常な変化にすぐに気づいた。1両目の車両が左に傾きながら、2両目の前面と激しくぶつかり合い始め、窓ガラスが一瞬のうちにガシャガシャンと割れる。

 周りから悲鳴やざわめきが湧き起こると同時に、激しい衝撃が生じた。それ以降の記憶がない。花奈子は意識を失ったのだ。

脱線しマンションに激突した車両 ©時事通信社

「助けて!」動けなくなっている人間の塊の中にいる

 気がつくと、無残に潰れた車体の中にいて、身体は何かに挟まれて動けなくなっていた。頭が上で、身体は垂直に立った状態なのだが、足は地に着いていない。下肢が金属のような固いものにはさまれて圧迫されていて、動かすことができないのだ。なぜか手も動かせない。

 息が苦しく、吸っても吸っても、空気が足りない感じだった。自分が生きているのか死んでいるのかさえ、わからない。

「助けて!」

 女性の叫び声が、だんだん甲高くなってくる。叫び声があちこち近いところから聞こえる。周囲の様子がわかってきた時、花奈子はショックを受けた。自分は動けなくなっている人間の塊の中にいるのだ。

 意識が朦朧とする中で、花奈子の脳裏に浮かんできたのは、母の顔だった。父や姉の顔も浮かんできた。

《家族みんなに会えないまま死んでしまうなんて、絶対にいやだ。助けを求めなければ、誰にも見つけられないで死んでしまう》

 切羽詰まった思いがこみあげてくる中で、花奈子は周囲の人たちと同じように叫んだ。

「助けて!」

 いや、叫んだつもりだけだったかもしれない。再び意識を失ってしまったのだ。