その期間中、フィリップから長編デビュー作『正義迴廊』(22年・未公開)の話が持ちかけられた。13年に起きた実際の殺人事件(20代後半の男が両親を殺害、遺体をバラバラにして調理したとされる事件)を基にした作品で、事件の詳細な資料も手に入る状況だった。18年に本格的に脚本を書き始め、19年に撮影予定だったが、香港情勢の影響で延期。さらに20年にはコロナ禍で再延期となり、ようやく20年末にクランクイン。スタッフの感染で中断し、最終的に21年4月にクランクアップした。

二つの作品に込めたこと

 本作は自分の企画ではなかったが、デヴィッド・フィンチャーの『ゾディアック』(07年)のようなサスペンス映画や、東野圭吾の推理小説が好きだったこともあり、興味を持った。『羊たちの沈黙』(91年)のような邪悪なキャラクターに魅力を感じる部分もあった。

 特に、犯人の背景が自分と似ていたことに強く惹かれた。彼は中産階級の出身で、ゲームやSNSに夢中だった。そんな彼がなぜ両親を憎み、殺害に至ったのか理解できず、その心理を深く探りたいと思った。また、裁判に関わる弁護士や裁判官、陪審員の視点も含め、徹底的にリサーチを重ねた。

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 編集作業の最中に、『正義迴廊』の主人公を演じたヨン・ワイルンのマネージャーであり、映画プロデューサーでもあるエイミー・チンから『四十四にして死屍死す』(2023年・大阪アジアン映画祭〔OAFF〕で上映)というブラックコメディ作品のオファーを受けた。2022年4月にクランクインし、『正義迴廊』とはまったく異なるジャンルで、新たな挑戦となった。スター俳優が多く出演し、撮影規模も大きく、喜劇のリズムを掴むのに苦労した。

『四十四にして死屍死す』 ©2023 One Cool Film Production Limited,852 Films Limited,Icon Group Limited,the Government of the Hong Kong Special Administrative Region All Rights Reserved

 僕の2作の映画はどちらも群像劇だ。皮肉や社会批判を込めつつ、観客の共感を得るように演出する。『正義迴廊』では、裁判側、警察側、マスコミなど、たくさんのキャラクターを登場させ、それぞれの立場と視点が絡み合いながら複雑な殺人事件を描こうとした。

 最終的に『正義迴廊』は4300万香港ドル(約8億6000万円)を超える興行収入を記録し、R指定の香港映画として史上最高の成績を収めた。初動は振るわなかったが、口コミで広がり話題になった。さらに、香港電影金像奨の新人監督賞も受賞した。『四十四にして死屍死す』は大阪アジアン映画祭でワールドプレミアを迎えた後、すぐに香港で公開され、評判も興行成績も上々だった。

『正義迴廊』の公開中、ラム・サム監督のデビュー作『星くずの片隅で』も封切られた。しかし、最初の興行成績は思わしくなかったと聞いていた。そんな時、『香港ファミリー』(22年・OAFFで上映)のエリック・ツァン監督から「ラム・サムを応援しよう」と連絡をもらった。