2007年、黒海に面したソチで行われたプーチンとメルケルの2度目の会談で、“事件”は起きた。

 じつはメルケルは過去に犬に2度噛まれたことがあり、犬を怖がるという情報をプーチンは手に入れていた。それゆえプーチンは、自分の愛犬である黒いラブラドールレトリバーのコニーを、あろうことか会見部屋へと入れたのだ。メルケルのまわりをまわって、匂いを嗅ぐコニー。メルケルは両膝をぴたりとくっつけて、足を椅子の下に入れて、落ち着かない様子だった。その間、プーチンは不敵な笑みを浮かべていた。

犬が苦手なメルケルを前に、プーチンは愛犬を会談場所に入れた

 腹を立てたメルケルは、側近にこうこぼした。「プーチンはあんなことをするしかなかった。ああやって自分がいかに男らしいかを見せつけた。これだからロシアは政治も経済もうまくいかないのよ」。

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 だが、その後も性懲りもなくプーチンの“メルケルいじめ”は続いた。自身の力を誇示するために、メルケルとの会合に遅れて現れたのだ。遅刻を諌められるとプーチンは「ああ、君との仲ならこのぐらい普通だろう」と肩をすくめた。

 メルケルによると「(プーチンは)人の弱点を利用する。一日中でも人を試している。やりたい放題にやらせていたら、こっちがどんどん卑屈になってしまう」。

 とはいえ、プーチンはメルケルを卑屈にさせることはできなかった。

 メルケルも、ここぞというタイミングでプーチンに攻勢をかけたのだ。

 2006年10月、チェチェン紛争におけるロシアの残忍さを記事にしたジャーナリストが射殺されるという痛ましい事件があった。奇しくもその日はプーチンの54回目の誕生日であり、このタイミングでの殺人は偶然ではない、との推測が飛んだ。

 その数日後のこと。ドレスデン城の前で黒いリムジンを降りたプーチンに、メルケルは不意打ちを食らわせた。集まった報道陣を前にメルケルはこう言い放ったのだ。

「あれほどの暴力行為にショックを受けている」

「この殺人事件はかならず解決されなければならない」

 意表を突かれたプーチンは、思わずこう口走った。

「あのジャーナリストはロシア政府をこきおろした」

「あの殺人がロシアに害を及ぼすことはない」

「彼女が書いた記事に比べれば害は少ない」

 まるでその殺人事件の真の被害者が、自分であるかのような支離滅裂な言い訳を並べたのだ。