ウクライナへの全面侵攻によって、国際社会から非難を浴びているロシアのプーチン大統領。そんな彼の“宿敵”だったのが、ドイツのアンゲラ・メルケル元首相である。
ここでは、2016年に発売された『世界最強の女帝 メルケルの謎』(文春新書)から一部を抜粋して再構成。ウクライナをめぐるプーチン大統領とメルケル元首相の対立と、「ウクライナ危機」に潜む“歴史的な問題”を紹介する。(全2回の2回目/前編から続く)
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前面に出るメルケル
「危機によって強くなる」のが「メルケルの力の法則」だ。メルケルにとっては、政治や外交は科学的アプローチで解決すべきもので、問題の「解」を求めるプロセスこそが政治であり、その解法の担い手である以上、自身の力は維持されるし、強化されることになる。仮に解が得られなくとも、解を追求する過程を示すことが重要である。
2014年初めに勃発したウクライナ危機はメルケルの国際戦略上の地位をもう一段押し上げた。ロシアがクリミア半島を併合し、親ロシア武装勢力がウクライナ東部の分離を目指す武装蜂起に乗り出したウクライナ問題はおそらくは短期的に解決することはない。
プーチンはまず、ウクライナを恒常的に不安定な状態にする戦略をとっているし、西側欧米陣営も、気分は悪いがこれに気長に付き合う選択肢しか見当たらなくなっている。
こうした図式の中、メルケルはプーチンに対する「窓口」として存在感を高めた。危機勃発から間もない頃、メルケルは素早くプーチンに電話し、「ウクライナ領土の一体性」をプーチンに約束させた。歴史的にドイツ圏とロシア圏がぶつかり合ってきたウクライナの分割といった選択肢は存在しないことをメルケルはプーチンに念を押し、プーチンも合意したと発表された。
プーチンに向き合い、斬りこんだ話ができる欧米の指導者としては、まずメルケルをおいてほかにないと言われるようになった。オバマ政権もメルケルの力を頼っており、「オバマはメルケルを自分の国務長官だと思い、決して手放さない」(『南ドイツ新聞』電子版、2015年2月9日付)といった論評まで見られるようになった。