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ウクライナをめぐるメルケルとプーチンの対立には“歴史的背景”が…「ドイツとロシア双方を呪う」宿命の地ウクライナはなぜ踏みにじられたのか

『世界最強の女帝 メルケルの謎』より #2

2022/03/17

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 政治, 国際

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ヒトラーとスターリンによって蹂躙された歴史

 20世紀を振り返ると、ウクライナはソ連のスターリンとナチスのヒトラーによって筆舌に尽くしがたい蹂躙の対象とされた。

 スターリンの最大の目標はソ連の近代化と工業化だった。その目標を達成する上で、植民地を持たないソ連は、ソ連邦内部に植民地をつくることを思い立ち、穀倉地帯のウクライナをその餌食に選んだ。安い穀物を輸出して外貨を獲得し、機械輸入の代金に充てるため、スターリンは農業集団化を進めた。

 農業集団化とは要するに、農民のプロレタリアート化であり、これに対するウクライナ人農民の抵抗は激しかった。スターリンは反抗する農民らを徹底的に弾圧した。1930年代、農業集団化によって農業生産は激減し、大飢饉が訪れた。この飢饉による餓死者の数は今もなお分からないが、300万~600万人と推計される。

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 米エール大学のティモシー・スナイダー教授によると、スターリンが引き起こしたウクライナの大惨事を知ったヒトラーは小躍りして喜んだ(『シュピーゲル』誌、2014年8号)。1933年3月、ドイツ首相に就任したばかりのヒトラーはウクライナの悲劇を選挙民向けの反共演説に使った。

「諸君、恐ろしいことが起きている。世界の穀倉地帯というべき国で何100万人もが餓死しているのだ。社会主義者や共産主義者に投票する者は『飢餓の政治』を選ぶことになる」

 だがヒトラーもまた、ウクライナに対する空前の搾取と殺戮を構想していた。ヒトラーにとって、ウクライナはドイツ第三帝国の「レーベンスラウム」(生存圏)であり、その世界観の下、ナチス第三帝国は東方に拡大し、肥沃な土地を持つウクライナを吞み込み、住民を奴隷化ないし殺戮し、第三帝国に奉仕させる計画だった。そして実際、その計画は実行に移された。