プーチンの下で人権侵害と残虐行為が行われていることを、臆せず指摘したメルケル。歴史が、あるいは国際刑事裁判所が、プーチンの責任を問うかもしれない、とほのめかして牽制し、きっちりと仕返しをしたのだ。

 警察国家である東独で育ったメルケルは、プーチンの狡猾さや冷淡さを身をもって理解していた。だから、プーチンの人間性や良心に訴えることはしなかった。そんなことをしても無駄だと分かっていたのだ。

もう一人の厄介な指導者=トランプ

2018年のG7サミットで対峙するトランプとメルケル

 メルケルが在任中に遭遇した厄介な男性指導者はプーチンだけではなかった。プーチンとはタイプが違うものの、やはり民主主義的な価値観とは程遠い人物がいた。2016年の選挙で民主党候補ヒラリー・クリントンを破り、第45代アメリカ大統領に選ばれたドナルド・トランプである。

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 彼のような人物を民主主義的な考え方に改宗できると思うほど、メルケルは世間知らずではなかった。それゆえトランプとの初会談に備えるべく別途、対策を練ることにした。

 メルケルは、1990年にプレイボーイ誌に掲載されたインタビューを読んだ。発言内容は今と変わらぬ罵詈雑言と“負け犬”への侮辱、そして自己賛美のオンパレードだった。「私は他人を信用せず、敵をたたきのめす(ことが好きだ)」とトランプは誇らしげに語った。

 メルケルはトランプ研究を進めるため、さらに『トランプ自伝―不動産王にビジネスを学ぶ』も手に取った。実際の結果とは無関係に、ただひたすら「勝った」と主張するだけの人物像が見てとれた。

 さらにメルケルは、「お前はクビだ!」のセリフでお馴染の、トランプ出演の人気リアリティ番組『アプレンティス』を観るという苦行にも耐えた。これもすべて、トランプの癖──身振り手振りや不快なときの表情、そして愛想のよい態度から恐ろしい剣幕へと豹変する、計算され尽くした変わり身の早さ──をよく知っておくためだ。

 そのうえで、メルケルは、アメリカ政治界に精通しているインサイダーたちにもアドバイスを求めた。

 これら事前の調査によって、トランプと対峙したときに、どのように振る舞えばよいかが見えてきた。トランプを相手にするには、最大限の自己抑制を発揮しなければならない。

 というのも、トランプは世間からの評価を熱烈に欲しがっており、うっかり他人が注目を集めようものなら嫉妬心を燃やすことがわかったからだ。