「倒産の帝王」ウィルバー・ロス
ベスレヘムはリストラに次ぐリストラで米国の鉄鋼不況を耐え忍んだが、ついに2001年、破産を申請。スポンサー企業は現れず、2003年に清算される。このとき、ベスレヘムの6つの工場を買い取ったのが、インターナショナル・スチール・グループ(ISG)だ。
ISGは「ロスチャイルド家の金庫番」だった投資家のウィルバー・ロス氏が2002年に鉄鋼大手のLTVスチールとアクメ・スチールを買収して設立した鉄鋼メーカーである。ロス氏が経営していた投資ファンド、WLロス・アンド・カンパニーは、倒産したり破産したりした会社やその資産を安く買い取り、リストラで事業価値を上げて売却するPE(プライベート・エクイティ)ファンドの草分けだ。
1998年から2001年の4年間に米国では実に25社の鉄鋼メーカーが倒産または破産し、ロス氏はその資産を買い漁った。2004年にはウィアトン・スチールとジョージタウン・スチールを買収。粗鋼生産量でUSスチールを抜き、アメリカ1位に躍り出る。
「King of Bankruptcy(倒産の帝王)」の異名を持つロス氏が、買った会社をただでおくわけがない。例えばLTVの場合、破産で解雇された4500人のうち再雇用されたのは1500人。米国では、退職者の医療保険は企業が負担することが多いが、ロス氏は「負担しない」ことを買収の条件とした。年金も業績連動型に変え、赤字の年は支給しない。会社が赤字だと退職者は無保険・無年金になることもある、アメリカの厳しさだ。
筆者は2002年、クリーブランドにあるLTVの製鉄所を訪れた。2001年に一度、高炉の火が消えたが、ロス氏に買われたことで再稼働した。従業員を半分以下にしたロス氏はさぞや恨まれているのではないか。予想は見事に外れた。35歳の製鉄部門長、ブライアン・リッパート氏は、誇らしげに鋼材の仕分け装置を指差した。「見てくれよ、こいつはロスのおかげで買えたんだ。この工場では40年ぶりの設備投資さ」
確かにロス氏が買収していなければ高炉の火は消えたままで、小さな娘がいるこの部門長を含め4500人全員が失業するところだった。ISGが飲み込んだ米国の製鉄所の従業員を足し算すると18万5000人。再雇用されたのはわずか1万5000人である。それでも鉄の街クリーブランドに高炉の火を再点火したロス氏は「英雄」だった。
クリーブランドを取材した後、筆者はニューヨークに立ち寄り、ロス氏にインタビューした。マンハッタンのど真ん中、ロックフェラー・センターの広場を見下ろすオフィスで窓を背にして座ったロス氏は、静かにこう語った。
「私はメディアが“ハゲタカ”と呼ぶ仕事に誇りを持っている。我々は倒産、破産した会社の資産を利益が出るところまで磨き上げて社会に戻す。我々がいなければ、それは無価値になってしまう資産だ」
※本記事の全文(約6500字)は月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(大西康之「日本製鉄に立ちはだかる鉄鋼王カーネギーの栄光」)。全文では、下記の内容を図表入りでお読みいただけます。
・7時間のトランプ孫会談
・「特別な会社」USスチール
・ISG、インドの大富豪の傘下に
・三度目のびっくり

