日本製鉄のUSスチール買収計画について、トランプ米大統領は承認することを示唆する一方、5月25日には「アメリカによって支配されることになるだろう」とコメント。さらに、取締役会や株主総会の決議に拒否権を持つ「黄金株」を米政府が保有する案も浮上している。なぜトランプ大統領は、この会社にこだわるのか。
トランプ大統領の就任後の動きを予測し、“的中”させて話題となった大西康之氏の寄稿「日本製鉄に立ちはだかる鉄鋼王カーネギーの栄光」から一部紹介します。
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トランプの声高な宣言
バイデン氏の「買収阻止」が「ザ・コーポレーション」の歴史を知るエリート層向けのメッセージだったとすれば、トランプ氏の「買収阻止」は労働者層向けだ。鉄鋼業や自動車産業(テスラを除く)が衰退したことで、「ラストベルト(錆びた工業地帯)」と呼ばれるミシガン州、ウィスコンシン州、ペンシルバニア州など旧工業地帯は、かつて労働組合が強く民主党の地盤だったが、アメリカ第一主義の保護的な関税政策などで「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」と叫んだトランプ氏は、2016年の大統領選挙でこれらの地域から支持を取り付けた。ラストベルトは「トランプを大統領にした土地」とも呼ばれる。
今回もUSスチールの買収阻止を宣言したSNSでトランプ氏はこう綴っている。
「我々はUSスチールをもう一度、強くて偉大な会社にする!」
アメリカ資本主義の源流と言えるカーネギー・スチールのライバルだったのが、ペンシルバニア州で一足早く1857年に創業したベスレヘム・スチールだ。軍需にシフトした第二次世界大戦中には30万人を雇用して1000隻を超える艦艇を生産、1964年にはインディアナ州で世界最大の製鉄所が竣工した。マンハッタンの象徴であるエンパイア・ステイト・ビルやロックフェラー・センターでもベスレヘムの鋼材が使われた。
しかし1970年代後半から80年代にかけて、安価で質の高い日本製、韓国製の鋼材が米国市場に出回るようになると、ベスレヘムは急速に競争力を失っていく。1982年に発売されたビリー・ジョエルの『アレンタウン』は、製鉄所が閉鎖され失業者が溢れるベスレヘムの企業城下町の様子を歌っている。

