日本製鉄によるUSスチール買収計画が難航し、トランプ大統領の発言に注目が集まっている。たった1社の買収に、アメリカがこれほどこだわる理由とは? ジャーナリストの大西康之氏が解説する。
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その理由は、歴史を125年ほど遡らねば分からない……
USスチールは米国にとって、GM(ゼネラルモーターズ)やIBMよりも遥かに「特別な会社」である。
どう特別かを知るには、米国鉄鋼産業の歴史を125年ほど遡らねばならない。
1901年、アンドリュー・カーネギーは悩んでいた。
1835年にスコットランドで生まれ、12歳の時、両親に連れられてアメリカに移住したカーネギー少年は、週給1ドル20セントの綿織工場で働いた後、電報配達夫となり、独学で電信技術を習得し、鉄道会社の通信技師になる。鉄道会社の社長に株式投資の手解きを受けたカーネギーは南北戦争後、鉄鋼産業に投資を始める。
1892年にペンシルバニア州ピッツバーグで創業したカーネギー・スチールは、当時最先端だったベッセマー転炉による大量生産に成功してライバルを引き離し、米国ナンバーワンの鉄鋼会社になった。カーネギーは「鉄鋼王」の称号を手に入れた。小学校しか出ていない自分が巨万の富を手に入れられたのは民主主義と資本主義のおかげだ、と確信していたカーネギーは65歳で引退し、築き上げた富を社会に還元する慈善事業に専念したいと考えていた。では会社はどうするか。
1901年、カーネギーが相談を持ちかけたのが銀行家のジョン・ピアポント・モルガンだった。巨大銀行JPモルガンの創始者である。モルガンは一計を案じた。まずモルガンがカーネギー・スチールを買収し、中堅どころの製鉄会社をいくつか統合して作ったフェデラル・スチール・カンパニーと合併させたのである。こうして出来たユナイテッド・ステイツ・スチール・カンパニー(USスチール)は、米国市場で初めて株式時価総額10億ドルを超える事業会社になった。