「やりはじめると面白くてしかたがない」
こうした日々を送ることで、やなせ先生には次から次へと人と仕事がやってきました。「困ったときのやなせさん」という理由だけでなく、一緒に仕事をするのが楽しかったからです。やなせ先生がつくった「目的の国」に人々は惹かれ、そしてその輪は広がっていきました。
もちろん、そんなスケールの大きな話だけではなくて、ちょっとした日常においても同じことが言えます。やなせ先生が九十三歳の時、深夜の仕事場で「ぬけば無敵のカツブシケン」と歌い踊りながら、『それいけ!アンパンマン』に登場する「かつぶしまん」の歌を作詞作曲していたように、いつだって年齢なんて考えず自分の意志に忠実であればよいわけです。
やなせ先生自身「自分でもいい年して何をやっているんだと思うがやりはじめると面白くてしかたがない、すっかり自分がかつぶしまんになったつもりで跳ね回ってしまう」と述べています(やなせたかし著『これじゃあ死ぬまでやめられない! 続オイドル絵っせい』フレーベル館、2014年)。
闘病生活を笑い飛ばした漫画家精神
最晩年まで、やなせ先生には「好奇心が強く、知的でユーモラス、物事を面白がるということ」を意味する漫画家精神がありました。
かつぶしまんになりきって作詞作曲をした件はもちろんのこと、そんな漫画家精神は自身の病気にさえ発揮してしまいます。病気だらけの自分を“病気の総合商社”“十病人”“無理若丸”だと呼んで笑い飛ばすことで、苦しいはずの闘病生活にはユーモアが添えられていきました。「人生は喜ばせごっこ」に「漫画家精神」が加われば、毎日が楽しくなるに決まっています。
何事もネガティブにとらえ、たとえ成功を積み重ねても悩みの尽きなかったやなせ先生は、もうどこにもいません。アンパンマンと柳瀬夫人とともに、長い年月をかけて形作っていった思想は、やなせ先生の人生を劇的に変えたのです。
著述家
1985年福島県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東北電力に入社。2011年退社。松下政経塾を経て、現在は地元で塾を経営する傍ら、執筆に取り組む。著書に『ネトウヨとパヨク』『デマ・陰謀論・カルト』など。
