なぜなら、これより後に刊行された『チョッちゃんのここまで来た道』(講談社/1987年)や『新版 チョッちゃんだってやるわ』(中公文庫/2022年。1987年の朝日文庫を再編集し、3篇のエッセイを加えたもの)では、結婚に関するくだりで「略奪」「人さらい」といった不穏な言葉が繰り返されているからだ。
なかでも赤裸々な描写が登場するのは、『チョッちゃんのここまで来た道』だ。
朝が音楽学校3年のとき。オペラ『堕ちた王女』のコーラスガールの長期アルバイトをしていた際、最終日に楽屋口から出ると、バイオリンケースを下げて待っていたのが、守綱だった。
最後だからとお茶に誘われた朝は、「ケースをもっているからオーケストラの人だな、見たことがあるような感じがしないでもないな、という程度」と振り返る。つまり、一方的なナンパだった。
その際、朝は友人たちがオーケストラの人に誘われ、映画を観た、お茶を飲んだという話を聞いていたこともあり、「歌舞伎座の近くの店でちょっとお茶を飲むのだと」思い、一度くらいならと誘いに応じた。
ところが、守綱は歌舞伎座の前でタクシーをひろい、大きなビルの一角にある小さな喫茶店に連れて行った。そこで「オペラ楽しかった?」「音楽学校はどこ?」「くにはどこ?」などと尋ね、お金は払わずサインですませて、店を出る。いかにも慣れたやり口は、プレイボーイらしい。しかし、驚いたのはその後。一部引用したい。
『ちょっと僕の部屋に行ってみない?』といいました。断るのも悪いような気がして、バカな私は彼のあとについていったのです。それが私の運命を変えるたいへんなことになるとは夢にも思わないで……。(『チョッちゃんのここまで来た道』)
初デートで守綱は朝をアパートに連れ込み「もう電車がないよ」
自分のアパートに朝を連れてきた守綱は、アルバムを見せるなどして、30分ぐらい経ち、朝が「もう帰ります。どこから電車に乗ったらいいのでしょうか」というと、腕時計を見て言った。