「私はおとといニューヨークから着いたの。あっちの子はロサンゼルスから。長いフライトだったわー。あなたはどこから?」
「ジャパンです」
「もっと遠いじゃん」
いや、そうなんです、ははは。といった愛想笑いを浮かべながら、田代は感心していた。メイクさんならドイツにもいくらでもいるだろうに、彼女たちはわざわざアメリカから呼び寄せられていた。世界中から最高のスタッフが集まっているのだと思うと、あらためて気が引き締まった。
彼女はその必要もなさそうな田代のなけなしの髪の毛をとかしながら「ナイスヘア!」と褒めてくれた。いやいや、ナイスなわけないだろうと思ったが、まあ悪い気はしない。演者の気持ちまでメイクしてくれるのは、さすが選りすぐりの精鋭だった。
通訳さんもすこぶる優秀で、主に田代についてくれた女性は、ドイツ人でありながら日本語ペラペラ。会話はもちろんのこと、LINEなどのテキストでも漢字入りのまったく違和感のない日本語でやり取りできた。彼女でなくてもそこら中に通訳がいるので、大して英語の話せない田代であっても、現場ではまったく言葉の壁を感じずに済んでいた。
ハリウッドの「格」を感じた出来事
みんながプロフェッショナルで、もてなしも一流。
ドイツに到着したばかりの頃、コーディネーターらしきスタッフに聞かれたことがあった。
「どうだい? ホテルは快適かい?」
「それが……お風呂が狭すぎて横向きにならないと入れないんですよ」
最初に案内されたのはスタイリッシュなホテルで、普通の人が泊まるならなんの文句もないだろうが、残念ながら力士サイズには対応していなかった。ガラス張りのシャワールームは田代の幅ではまっすぐ入れないので、横向きになっておしりを半分外に出し、右半身、左半身の順番で洗うしかなかった。
そんな苦境を訴えると、
「それは問題だ! すぐに替えなきゃダメだ」
と、すぐに新しいホテルが用意された。すべてがそんな調子で、メインキャストでもないのに、この現場ではいつも大事にされている感覚があった。
それこそがハリウッドの「格」なのだと田代は感じていた。
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続編では、長時間のフライトを繰り返し無理がたたった田代が胸の痛みを訴えて、病院へ救急搬送。医師から「これはもうダメです」と告げられた顛末が明かされる。
