不正な手段を使って欲望を叶えた。だけど、罪悪感があり、最終的にそこへ向き合う。アラジンが使う手段は犯罪ではなく魔法とはいえ、型としてはまさに僕の好きな犯罪物語のものなのだ。

「ホール・ニュー・ワールド」を歌いながらジャスミンと二人で魔法の絨毯で空を飛ぶシーンは、詐欺師のおためごかしであるが故に美しい。信じてくれとジャスミンを絨毯の上へ招き入れるとき、誰よりも〈アラジン〉を信じられていないのが、アラジン本人なのである。

誤った道を進んででも……

 物語は、そんなアラジンが冒険の末に自身を信じられるようになって終わる。

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 それがジーニーの解放という形で表現されるのが『アラジン』の構成の優れているところだ。あの笑顔の裏に重い苦悩があったことがジーニーの喜びようで示される。

 一度は犯罪に手を染めた主人公の成長によって、世界がほんの少し良い方向へ転がるというのも実はウェストレイクやグルーバーの作品と近い。時に彼らの小説は、教養小説的なのだ。

 そうしたところも含めて好きなのだけれど、僕が『アラジン』を、クライム・ノヴェルを愛している根幹は、どちらかというと結末の一歩手前の葛藤だと思う。

 誤った道を進んででも、あれが欲しい。

 クライム・ストーリーは、そんな気持ちについて「あるよね」と言ってくれる。肯定も、否定もしない。

 されたって困るのだ。間違っていることは自分で百も承知なんだから。いいね、と言われても、駄目だよ、と言われても、ふざけんなとなる。

 でも、どうしようもなく、あるのだ。欲望が存在していることすらも許されないと言われたら、辛い。

 こうした身勝手で曖昧な感情が見える物語を、愛おしいと感じている。

 僕の中でのその感傷の始まりが『アラジン』で、続いたのがウェストレイクやグルーバーのクライム・ノヴェルだ。自ら小説を書き始めた今は、その次へ置けるような作品を目標にキーボードを叩いている。


 井上先斗さんの最新長篇『バッドフレンド・ライク・ミー』は2025年6月20日発売です。

 

井上先斗(いのうえ・さきと)
1994年愛知県生まれ、川崎市在住。成城大学文芸学部文化史学科卒業。2024年『イッツ・ダ・ボム』で第31回松本清張賞を受賞しデビュー。2025年6月に第2長篇『バッドフレンド・ライク・ミー』を刊行。

 

バッドフレンド・ライク・ミー

井上 先斗

文藝春秋

2025年6月20日 発売

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