『アラジン』って、クライム・ストーリーだったのか!

 そんな『アラジン』に、社会人になってから再会した。

 その頃の僕が夢中になっていたものといえば、クライム・ノヴェルだ。今も夢中で、少なくとも、しばらくは、この恋心は続くと思う。

 特に好きなのが、ドナルド・E・ウェストレイクやフランク・グルーバーの書く類である。主人公は、若さ以外は何一つ持っていないような青年。ただ、何者かになりたい、だとか、好きなあの子に振り向いてもらいたい、だとかの、ぼんやりとした願望があって、それを実現させるために犯罪に手を出す。

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提供:アフロ

 からっと乾いているのが良い。欲しいものは欲しいし、やりたいことはやりたい。そこに迷いや嫌らしさがないので物語の足取りが軽妙。

 それでいて、ただ軽いだけでは終わっていない。犯罪行為に後ろめたさは感じている。けれど、やるしかない。だって、俺は、あれが欲しいんだから。その切実さを、しっかり描いてある。

 こういう物語が好きだなと自己分析する中で「もしや」と『アラジン』が気になりだした。

 あらためて観てみた。

 泣いた。泣きながら考えた。ああ、そうか。『アラジン』って、クライム・ストーリーだったのか!

 だから好きなのだ。正確には『アラジン』が好きだから、僕はクライム・ノヴェルが好きだったのだ。

俺は、ジャスミンを、皆を、騙しているのだ

 と書いて、すんなり頷いてくれる人はそう多くないはずなので、要素を強調する形で『アラジン』の粗筋を振り返ってみよう。

 アラジンは砂漠の王国に暮らす青年である。こそ泥として生きながらも、いつか美しい宮殿での生活をと夢見る。

 ある夜、そんな日々が一変する。牢屋の中で持ち掛けられた取引で、魔法の洞窟へ向かわされることになったのだ。そこで見つけたのが、魔法のランプだった。

 ランプから出てきたのは精霊ジーニー。人知を超えた光景を見せつけながら言う。どんな願いでも三つまで叶えてやる。さあ、お望みは。

 アラジンが願ったのは、宮殿で暮らす王女ジャスミンの相手に相応しい王子様への変身だった。

 多少の紆余曲折はあったものの、ジーニーのおかげでアラジンは無事、ジャスミンの心を射止める。だが、気持ちは晴れない。だって今の自分は偽物なのだから。俺は、ジャスミンを、皆を、騙しているのだ――