夫の任地に同行せず、一人で逝かせてしまったことを登喜子は生涯、心の傷として持ち続けたそうだ。「あんぱん」で、憲兵に制止されながらも「生きて帰って来なさい」と嵩に叫んだ登美子の思いは、夫を一人で逝かせてしまったことへの強い後悔に裏打ちされている。

登喜子は容姿端麗で、香水の匂いが強く、派手好み。時々ヒステリーになって荒れることもある、激情の持ち主だった。息子へのしつけは厳しく、ものさしでぶつこともあったという。しかし、やなせたかし本人は「恐ろしいと思うことはなかった」そうだ。

奔放な姿の裏側にある息子への愛

ドラマでは二宮和也が演じた父・清の死後、やなせたかしの弟・千尋は叔父の寛の養子となり、やなせたかしは母と祖母と3人で高知市の借家で暮らしていた。そんななか、登喜子は、日々生け花や茶の湯など様々なお稽古ごとに精を出ていた。

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前掲『アンパンマンの遺書』のなかで、やなせたかしは当時をこう語っている。

今から考えると、未亡人になった母は全力をあげて自活の道を探していたのだ。ミシンを踏んで洋服を縫い、茶の湯、生花、盆景、謡曲、琴、三味線と、習い事でほとんど家にいなかった。

「あんぱん」でも、柳瀬家に転がり込んだ登美子が、いきなりお茶をたてはじめ、嵩の叔母・千代子(演・戸田菜穂)と一触即発となるシーンが描かれた。

登美子は千代子に「お茶、お花、お琴。一通りのことは身につけました。それでも、女が一人で生きていくのは大変なんですよ」とさらりと語ったが、その言葉の裏には途方もない努力があったに違いない。

このお茶のシーンは、奔放な登美子を象徴しているように見えて、実は登美子なりに自活の道を探り、嵩と共に生きていく選択肢を模索していた、という嵩への秘めたる愛を示す伏線だったのだ。

登美子は「ばいきんまん」?

嫌われ者で誤解されやすいが、どこか憎めず、素直になれない不器用なキャラクター、というと、どこかで聞き覚えがないだろうか。