その名を呼ばれるときに、
「神のごとき」
などと枕詞が付けられるアーティストは、彼以外にいない。ルネサンス期のイタリアを生き、彫刻家、画家、建築家、詩人として当時のみならず後世にも多大な影響を及ぼした、ミケランジェロ・ブオナローティ。
彼がこの世に残した約40点の大理石彫刻のうちのふたつが、いま日本に運ばれてきて展示されている。「神」の手になる名品を味わえるのは、東京上野・国立西洋美術館での「ミケランジェロと理想の身体」展。
男性裸体で理想の美を表現せんとした
展名にあるように、ミケランジェロはその生涯を賭して、彫刻や絵画によって理想の身体表現を追い求めた。14世紀のイタリアで興り16世紀前半まで続くルネサンスとは、語義的には「再生」の意味を持つ文化復興運動である。何を再生させようとしたのかといえば、欧州がみずからの源流と認める古代ギリシャ・ローマの文化だ。
ルネサンス期のあらゆるジャンルのアーティストたちは、こぞって古代ギリシャ・ローマ美術をお手本とした。古代世界でそうだった(と信じられていた)ように、すばらしき人間の価値を取り戻し、人間を万物の中心と捉え、造形美術によってそれらの考えを具現化しようとした。
ミケランジェロも、人間賛歌を表現しようとしたひとりだった。彼は古代美術に見られる理想的な美を、自身の手でよみがえらせようと苦心を重ねた。理想美を表すのに彼が見出したモチーフは、男性の裸体だった。
ギリシャ時代におこなわれていた古代オリンピックは、男性が素っ裸で競技に勤しんだ。鍛え磨き抜かれた男性の裸体にこそ、理想の美が現れると考えたゆえだ。
ミケランジェロもこれに倣う。男性裸体をモチーフにした作品を、生涯に渡り多数つくった。代表作と目される絵画《天地創造》や《最後の審判》、彫刻《ダヴィデ》には、いずれも筋骨隆々たる立派な男性裸体が表現されている。
今展に出品されたふたつの大理石彫刻もまた、男性の肉体が強調されたもの。ひとつはミケランジェロ20歳のときの作品で、古代美の規範を再現した《若き洗礼者ヨハネ》。そして円熟期に彫られた《ダヴィデ=アポロ》だ。