私の仮説には異論を唱える人もいるでしょう。一部ではあるが、イスラエルには超正統派が存在するのではないか。〔西洋と違って〕イスラエルの出生率は高いのではないか、と。ニヒリズムの時代を迎えた西洋では、出生率が非常に低く、社会が人間を再生産することが困難になっています。しかし、「宗教のゼロ状態/ニヒリズム/暴力/戦争/少子化」の組み合わせは、グローバルなアプローチに値する、社会的・歴史的研究の広大な分野です。戦争は、歴史家から見れば、残念ながらありふれた人間的活動で、「戦争の宗教」も存在します。将来において「人口減のニヒリズム」と「人口増のニヒリズム」が並存することも十分あり得るでしょう。実際、少子化は東アジア全体、とくに中国の特徴となっていますが、この地域はニヒリズムに悩まされているようには見えず、むしろ経済発展に満足を覚えているようです。

イスラエルのネタニヤフ首相 ⒸAFP=時事

 ――あなたの考えでは、イスラエルで生じた暴力の連鎖は、延々と続くこと以外に具体的な目的はないということですか。

 その通りです。私が驚いているのは、西洋のエリートたちが「イスラエルには自国の安全を守る権利がある」と繰り返していることです。イスラエルの行動は、安全保障こそが目的で本質的に合理的である、と。私にはそう見えません。私がそこに見るのは、「何か」をせずにはいられないという衝動。その「何か」とは「戦争」です。

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今後、事態はさらに悪化する

 ――それはどんな戦争ですか。

 ガザのイスラエル国防軍の兵士がSNSに投稿したビデオを見ると、「合理的な目的のある戦争」というより「ニヒリズム」を連想させます。先ほど私は、イスラエルの現状については考えたくないと言いました。しかし考え始めた以上、道徳的な観点だけで考えるのではなく、冷静に考えるように努めています。

 私も他の人と同じ人間ですから、悲惨な現状を前にして憤慨することもできます。イスラエルがガザで行なっていることは、おぞましいことです。本当におぞましい。しかし私がより気になるのは、今後の展開です。これを残虐行為と見ている人たちは、これがまだ始まりにすぎず、今後、事態がさらに悪化することに気づいているのでしょうか。暴力のダイナミズムはすでに動き出し、それを止めるものは何もありません。イラン(人口9000万人)と戦争をせずにはいられないというイスラエル(ユダヤ人人口700万人)の欲求は、常軌を逸しています。しかし、ニヒリズム仮説を採用すれば、答えが見つかります。

トッド氏の新著『西洋の敗北』

 ――どういう意味ですか。

 とりあえず、イスラエルが「暴力的」ではあっても「合理的」であるという仮説を立ててみましょう。合理的な目的を敢えて定義すれば、イスラエルの目的の一つは、世界的な大混乱を引き起こし、それに乗じて、ガザとヨルダン川西岸地域を一気に、暴力的に、そして完全に空っぽにすることだと言えます。

 ――しかし、それだけでは終わらない……。

 その通りです。どんな展開になるかは分かりませんが、戦争は続くでしょう。イスラエルは本来のアイデンティティを見失っている。そのことを彼らの行動の背後に感じます。「虚無」を感じるのです。敵対勢力の指導者や幹部といった個人をターゲットにした暗殺には、戦略的意味はなく、自己目的化した「殺人欲求」を感じます。

「イスラエルによる自己目的化した暴力の行使」をエマニュエル・トッド氏が危惧した本記事の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(エマニュエル・トッド「イスラエルは神を信じていない」)。

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