ウクライナ戦争をめぐり分裂したアメリカとヨーロッパ。フランスの歴史人口学者・エマニュエル・トッド氏が、分裂する両者の今後を読み解く。
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予測できない欧州エリートの言動
プーチンを始めロシアのエリートの言動は、真っ当な現実認識と彼らなりの長期的ヴィジョンにもとづいているので予測可能です。それに対して欧州のエリート、とくに最も好戦的なスターマー英首相とマクロン仏大統領の言動は予測不可能です。自国の大統領と長年敬意を抱いてきた英国の首相にこんな言葉を用いるのは悲しいことですが、バカの言動は予測できないのです。歴史の素養も、経済の知識も、的確な現状分析も持ち合わせておらず、明らかにロシアのエリートより知的に劣っている。私は日本に対して「予測不可能な米国には気をつけた方がいい」と常々繰り返してきましたが、今日、それ以上に「欧州に気をつけた方がいい」と申し上げたい。ウクライナ支援の継続を訴える欧州の好戦的態度に追従してはいけません。支援することで、戦争が不必要に長引き、結局、ウクライナをさらに破壊することにしかならないからです。
トランプとその側近たちは、欧州のエリートよりも、「現実」の認識においては知的に一歩進んでいます。「保護主義で自国の製造業を守るべきだ」「移民の流入はコントロールすべきだ」「人間には二つの性しかない」「人々にはポピュリスト政党に投票する権利もある」ということ自体は、常識にもとづく理性的な判断です。
憎悪が原動力のトランプ政権
しかしその主張の裏には、米欧のエリートに対する憎悪といった強烈なルサンチマンが渦巻いている。ヴァンス副大統領の自伝『ヒルビリー・エレジー――アメリカの繁栄から取り残された白人たち』からは、「民衆への愛情」よりも「エリートへの憎悪」が上回るようなネガティブなパッションを感じます。助成金削減による大学への締め付けや教育省・USAIDの解体といった政策は、そうした憎悪を象徴している。
保護主義も、他国と協調して賢明に実施しなければ、成果は得られません。保護主義的措置から利益を得る勤勉で優秀なエンジニアや労働者が不在のなかで、被害者意識で関税報復合戦を行なえば、インフレが起こり、生活水準の低下を招くだけです。他国からの輸入品に頼ってきた米国経済こそ行き詰まる。
「脱ドル化」を推進するBRICSを脅迫したトランプは、「基軸通貨ドル」の存在こそが米国の国内産業の復活を妨げていることを理解していません。ある国の天然資源の豊かさは経済の他の分野の発展を妨げる力にもなることを「オランダ病」と言いますが、米国はいわば「スーパーオランダ病」に苦しんでいる。ここでの「天然資源」はドルです。だからこそ米国では、高学歴者ほど、産業やモノづくりの就職につながる科学やエンジニアの分野ではなく、ドルという富の源泉に近づくために、金融や法律の分野に進んでいます。