映画『国宝』(監督:李相日、原作:吉田修一)はひとりの歌舞伎俳優の一代記であると同時に、好敵手ものとしても見応えがある。ヤクザの組長の息子に生まれた立花喜久雄(吉沢亮)が伝統を重んじる歌舞伎の世界に入って修業をするうえで、いろいろな面で関わってくるのが兄弟弟子の大垣俊介(横浜流星)だ。

 主演の吉沢亮の『国宝』における凄みは言うまでもないが、俊介を演じた横浜流星がいてこそである。横浜はともすれば吉沢を超えそうな芝居を見せるときもあり、その接戦ぶりが映画の妙味になっている。

横浜流星 ©時事通信社

※本記事では映画の詳しい内容に触れています。未見の方はご注意ください。

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主演の吉沢亮に危機感を覚えさせた技術力

 横浜流星がキャスティングされたことは吉沢にとって幸運であっただろう。そして吉沢亮と横浜流星、このふたりには宿命のようなものがある。『国宝』の物語に沿いながら横浜流星が俊介を演じた必然を考えてみよう。

 俊介は上方歌舞伎の名門に生まれ、名優・花井半二郎(渡辺謙)を父に持つ。いわゆるサラブレッドである。歌舞伎俳優としてのアドバンテージは喜久雄よりも断然高い。ところが、半二郎は喜久雄を気に入り、いい役につける。妻・幸子(寺島しのぶ)は俊介の母として、伝統に従わない夫のやり方に疑問を感じるが従わざるを得ない。歌舞伎の世界はお家が第一。それは戦国武将の家のようでもある。家とは歌舞伎の技能や魂でもあり、それを代々継承していくものだから、その家の子ども(男子)は物心つくと歌舞伎の稽古を始め、英才教育を受けるのだ。

横浜が演じた俊介 『国宝』公式Xより

 幼い頃からずっと稽古を積んできた俊介と、だいぶ後から歌舞伎修業をはじめた喜久雄の間には越えられない川がある。でもふたりは仲良く稽古を積み続ける。少年の喜久雄(黒川想矢)と俊介(越山敬達)が制服姿で橋の上で稽古する姿は青春そのもの。どこか北野武の『キッズ・リターン』(96年)に似た雰囲気を筆者は感じた。あるいは、一時期流行った、『火花』をはじめとした漫才師ものにも似て見える。漫才師のコンビを組んだふたりがネタ作りや稽古を繰り返し笑いの高みを目指していく。『国宝』ではそれを歌舞伎に置き換えたようなところもある。

 親友としてライバルとして並走してきた喜久雄と俊介の絆は、年を経るごとに様々なしがらみによってきつく捻れ、やがてほどけて離れていくかのようにも見える。だが、その見えない糸は形や距離を変えながら、生涯、切れることはない。

「これは下手したら追い抜かれるぞ」

 劇場用パンフレットで吉沢亮は横浜流星に対してこんな危機感を覚えたことを明かしている。吉沢は1年以上前から歌舞伎の稽古をはじめ、横浜は3ヶ月ほど遅れて稽古に参加した。横浜の身体能力には定評がある。国際青少年空手道選手権大会の13歳から14歳の部で優勝し、世界一になった空手の達人。プロボクシングのC級ライセンスも持っている。だから歌舞伎の技術を覚えるのも早いと吉沢は感じたのだろう。当の横浜は、テレビの番宣番組で、いままで彼がやってきた格闘技とまるで違う、柔らかさを必要とされる女形の所作が難題だったと語っていた。