現実の社会と伝統的な暮らしの狭間で

 スー監督はドキュメンタリー映画から出発し、劇映画は本作が初めて。本作の主題についてこう語る。「『漁師兄弟』は、私がいま最も語りたいテーマと問題意識を反映したものです。原住民は現実の社会と伝統的な暮らしの間で葛藤をもっていますが、その間で起きた衝突を描きたかったのです」

スー・ホンエン監督 ©文藝春秋

 スー監督のこれまでの作品を観続けてきた石坂健治氏は、「ドキュメンタリーを撮ってこられて、今回はフィクションにする、物語として作り上げた。ひとつ次の段階に進まれたということだと思います。ドキュメンタリーから劇映画を作ろうというそのモチベーションは何だったのでしょうか」と尋ねた。

 これに対しスー監督はこう答えた。「現在の台湾社会が持っているこの衝突を表現するには、ドキュメンタリーよりフィクションの方がより適していると考えました。たとえば今回の『猟師兄弟』の中で、兄弟が喧嘩する場面がいくつかあったわけですけれども、それも実際に自分の家族の中で起きた喧嘩がもとになっています。それを表現するためには、やはりフィクションという形式を選ぶ必要があったのです」

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 張准教授は、「現在、台湾で作られている原住民についての映画は、どちらかというと牧歌的で、生活の楽しさを謳歌したり、家庭の団欒だとか、原住民の明るい部分を表現した映画が多かったのです。『猟師兄弟』だけを観ると原住民は衝突が絶えないっていう感じがしますが、実はそうではなくて、牧歌的なイメージが出来ているところに今回の作品が出てきたということになるわけです」

(左から)石坂氏、張氏、スー監督、千野氏 提供:台湾映画上映会2025

 千野名誉教授が本作の台湾での反響について尋ねると、スー監督はこう答えた。

「今年の3月に台湾で公開したのですが、都市部ではあまり観客の入りはよくなかったです。しかし原住民が多く住んでいるところだと、結構入りがよかったですね。原住民の方からは、原住民文化の呪術的な部分も見られたと、プラスの評価をもらうことがありました」

 石坂氏は、「私も台湾の友人と『猟師兄弟』についてメールで話したのですが、原住民の描かれ方としても新しい1本であると。これまでとは違う次のステップに移った作品だという認識でした」