長いまつげはもらえなかった
父の広い胸
長い脚ももらえなかった
団子鼻や水虫は
だれからもらったのだろう
欠点だけが遺伝したような気がする
父のやわらかく傷つきやすい心
母の負けず嫌い
それはたしかにもらった
僕は負けず嫌いなのにすぐ傷つく
しかしこれがぼくなのだ
ぼくは立派な人間にはなれそうもない
でも
心がやわらかくてよかったと
思う時がある
硬質で強くて凶暴であるよりも
やさしい心がいい
白鳥に石をなげるような
芸術に全く関心がないような
そんな人間に生まれなくてよかった
(『やなせたかし詩集 てのひらを太陽に』河出文庫)
やなせが父から受け継いだ、やわらかく傷つきやすい心。「あんぱん」でも、受験勉強がうまくいかない嵩が、自暴自棄になり線路に寝そべるシーンが描かれたが、あれは著作に基づく史実である。
実際のやなせたかしも、青年期は自殺未遂を起こすナイーブな青年だった。やわらかく傷つきやすい心をもって生きていくことは、その分、人よりつらいことも多かったはずだ。
岩男とリンをモデルにした絵本
しかし、だからこそ、アンパンマンは生まれた。自分の頭を分け与え、そのことで力を失ってしまっても、周囲の人を笑顔にすることに喜びを感じるアンパンマン。「硬くて強くて凶暴」な暴力を嫌い、戦争という「逆転する正義」を嫌った。傷つきやすく、人の痛みにも敏感な性格だったからこそ、「逆転しない正義」である献身と愛のヒーローを生み出せたのだ。
18日の「あんぱん」では、「逆転する正義」の象徴的なシーンとして、田川岩男(演・濱尾ノリタカ)になついていたように見えた中国人の少年・リン(演・渋谷そらじ)が、母を殺された復讐を果たすため、岩男を銃で撃ち殺す……というストーリーも描かれた。
このリンと岩男のモデルとなっていると思われる物語が、やなせたかしの絵本『チリンのすず』(フレーベル館)である。
オオカミの「ウォー」に母を殺されたひつじの子供「チリン」。チリンはかたき討ちを誓い、ウォーに「あなたのような強いオオカミになりたい。弟子にしてください」とお願いに行く。それを聞いたオオカミの心はふわっとあたたかくなる。