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日本ハム・渡邉諒は、それまでの自分をひょいと超えてみせた

文春野球コラム ペナントレース2018

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 僕は野球仲間との会話で、ソフトバンクのことを「ソフバンの旦那」、バンデンハーク投手のことを「バンデン兄さん」と呼んでることが多い。目上に見ているのだ。ニュアンスとして「カンベンしてくださいよぉ」が入ってる。用例としてはこんな感じ。

「来週からソフバンの旦那と3連戦か、きついなぁ」

「明日はバンデン兄さんだから簡単には打ち崩せないな」

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 それが打ち崩せてしまった。7月20日、札幌ドームのソフトバンク14回戦だ。この試合の先発はファイターズが上沢直之、ソフトバンクがバンデン兄さん、ともに打線に苦手意識のある主戦級だった。当然、投手戦が予想された。ところが面白いもので序盤から打ち合いになるのだ。両軍スコアラーがいい仕事をして、苦手攻略の糸口を見つけていた。

「バンデン兄さん」を2発でKOした「なべりょ」

 上沢は早いカウントから狙われた。元々、ソフトバンク打線はカウント球を積極的に振ってくるイメージ(反対にファイターズ打線は勝負が遅い)だが、この日は明らかに意識づけられていた。立ち上がり上沢がリズムに乗る前にカンカン打たれてしまう。いきなり初回3失点だ。同裏、中田翔の適時打で1点返すも、2回表には柳田悠岐にきっちり打たれ1対4。エース上沢の登板試合としてはいかにも苦しい展開となった。

 ところが打ち崩せてしまったのだ。「ソフバンの旦那」の「バンデン兄さん」を。2回裏先頭のレアードがまず1-1からのスライダーを17号ソロ、で、続く渡邉諒が150キロのストレートをレフトスタンドへガツンだ。今年5年目、今季ここまで19打数1安打、打率.053の男が22打席目で1号ソロだ。通算でも2016年に1本打って以来のプロ入り第2号! 僕は野球中継を見ながら晩ご飯中だったが、お茶碗と箸持ったまま「うわぁ、なべりょ!」と立ち上がって奥さんに叱られた。この回、ファイターズは松本剛の犠飛も出て、ついに4対4の同点に追いつく。

 しかし、まさか次の回、まったく同じセリフ、(正確には語尾が伸びて)「うわあああ、なべりょおお!」を絶叫しながら食卓から立ち上がることになるとは、僕も、うちの奥さんも思っていなかった。今度もお茶碗と箸を持ったままだった。3回裏、2死1塁の場面だ。「バンデン兄さん」は第1打席ホームランのレアードを警戒して歩かせ、やはりホームランの渡邉諒には、スライダーを多投しカウントを悪くした。3ボール1ストライクから151キロのストレート。ガキン。打球はグングン伸びる。センターオーバーだ。柳田悠岐が早々あきらめて見送った2号2ラン。ついに逆転、「バンデン兄さん」KO! 結果的にはこの一発が決勝点になった。

高卒5年目のユーティリティープレーヤー・渡邉諒

 で、興味深かったのは渡邉諒の第3打席なのだった。6回裏、スコアは6対4、無死1塁で渡邉に打席がまわった。GAORA解説の森本稀哲氏は的確だ。「どうですかねぇ、2本ホームラン打ってる選手に……、リードしてる場面ほどバントで送りたくなるものなんですよね。ただ栗山監督はこの流れを大事にして、思い切って行かす可能性も十分にありますね」。

 僕も打たせるんじゃないかと思った。まだ根(こん)を詰める必要はない。明朗に野球をやろう。シーズンは2ヶ月以上ある。細かい野球で勝負に徹するより、今はチームに勢いをつけたい。渡邉諒が大仕事をやってのけたのだ。今日はその達成感でいい。小さくまとまらず打って勝とう。万が一、バント失敗したりして「まだ力が足りない」「たまたま打てただけ」なんて印象になってもつまらない。今、必要なのは日替わりで飛び出すヒーローだ。みんなで勝っていく実感だ。

 ※第3打席、渡邉はソフトバンク・二保旭のスライダーをよく拾ったが、投ライナー&飛び出しゲッツーで終わる。といって決してネガティブな印象にはならなかった。面白いのは2日後の16回戦でスリーバント失敗していることだ。これは一昨日、ヒーローになった後だから前向きな「勉強」になる。なべりょ、バントは必ず必要になるぞ、練習練習。

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