神が許さなくても

 インターネット上では教団から離れた宗教二世たちが、幼い頃に受けた虐待について「大人になってからも心の傷として残っている」とつづっていた。「息子にも同じような傷を与えてしまった」。自分を許せない気持ちが日増しに強くなった。

 伝道に生活をささげるエホバの証人では、大学に進学しない信者も多い。良子は長男が高校生になると「進学したかったら学費を出すからね」と声を掛けた。「自分には財産は残せない。せめて学力だけでも残してあげたい」との思いだった。

 東日本大震災が起きた2011年3月11日。「今どこ? 大丈夫?」。良子は関東の大学に通っていた長男に電話で無事を確認した。大阪の実家に呼び寄せ、約1カ月間、親子で和やかな時間を過ごした。

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 関東へ戻る長男を、良子は新大阪駅のホームまで見送った。新幹線が発車する直前、長男の手を握って言った。「小さい時、何度もあなたをたたいた。取り返しのつかないことをしてしまった。本当にごめんなさい」

 長男は優しく手を握り返し、笑顔でうなずいてくれた。動き出した新幹線の中から、長男のメールが届いた。「神やキリストが許さなくても、あなたが許せなくても、僕が許す」

写真はイメージ ©AFLO

 その時、良子は教団から離れようと心を決めた。私は長男を愛してきたが、長男ははるかに深く、私を愛してくれていた。「長男に『許す』と言わせてしまった私の愛の形は間違っていた」

 良子は今も夢を見る。幼い長男をたたこうとして、思いとどまる。「良かった。たたかなくて」。安心したところで目が覚める。自分の手を見つめ、我に返る。「長男は許してくれたけど、虐待した事実は決して消せない。この罪を一生背負って生きていく」

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 虐待で傷つくのは子どもだけではない。親もまた傷つき、生涯にわたって罪の意識にさいなまれ続ける場合がある。良子にとって愛や許しをくれたのは神ではなく、かつて自らが苦しめたはずの我が子だった。高良は、良子が自らの過去に正面から向き合おうとする姿に心を打たれながら、こう思った。宗教は何のために、誰のためにあるんだろう。考えれば考えるほど、答えが分からなくなった。

次の記事に続く 「死の世界」を体験する修行、同じ姿勢で夜通しの読経…高校生で出家→脱会→再入会を経験した“オウム真理教”の元二世信者が体験した“最悪の悲劇”