(※コールセンターはその特性上取り扱う機密事項、守秘義務も多く、ありのままをコラムにするのが難しい。若干の誇張や変更、修正を交えながらノンフィクションの範囲を外れないコラムとしてお届けしたいと思う。このコラムは間違いなく「実話」である)

 2018年7月。台風7号と梅雨前線の影響による集中豪雨は、西日本各地に甚大な被害をもたらした。関西地方に本拠地を置くオリックス球団も、6日は京セラドームの閉館時間の前倒し、7日はほっともっとフィールド神戸でのソフトバンク戦の中止と、少なからず集中豪雨の影響を被った。そして8日は京セラドーム大阪での「Bsオリ姫デー2018」の開催。日本中を日常と非日常が交錯する最中、Bs球団のコールセンターに、とある相談がファンから寄せられる事になる。

コールセンターに寄せられたファンからの相談

 さて。以前このコラムにも書いたと思うが、オリックス球団は12球団でいち早くコールセンターを導入した。「お客さま=チームのファン」となるプロスポーツチームの特性を生かし、そのファン達の様々な声を球団運営に生かすべくこのコールセンターでは「V.O.F.(ボイス・オブ・ファンズ)」(※一般のコールセンター用語ではV.O.C.(ボイス・オブ・カスタマー)という)を広く集めている。勿論、ファンの声を集めるだけでなく、可能な限りその具体的な要望に応えるのもコールセンターの大切な使命だ。このコールセンターを指揮するのは花木球団PM(プロジェクトマネージャー)、こちらも時折このコラムに登場するBs球団のカリスマ広報で、多くのTV番組や芸人達のトークライブにもゲスト出演する奮闘ぶりである。

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 その花木PMは語る。「やはり企業にとって最も大切なものはCS(カスタマー・サティスファクション=顧客満足)であり、その事は我々プロ野球球団に於いても全く同じでしょう。ただし、我々が接するのはチームのファンの皆さまであり、その皆さまの事を“カスタマー”とは呼びたくない。ファンの声、ファンの思いをチームに届けるよう、その辺を意識したセクションであるよう常に意識しています」。

 そんなコールセンターに寄せられたファンからの相談はこうだ。事態が事態なだけに、何とも胸の苦しい対応を予想していたであろう。

「四国から観戦に行く予定でしたがこの雨で交通網が遮断され、大阪に向かう事が出来なくなりました。Bsオリ姫デーのチケットを購入していたのですが」

西日本豪雨災害の被災地の復興を選手たちも願っている

マニュアル通りであれば「無効」のチケットだが…

 この電話に対応したのは球団コールセンターに席を置く、出口オペレーター。コールセンターでは主力のスタメンで、Bsチームで例えるなら安達了一選手といった存在だろうか。出口オペレーターは即座に、

「お客さまにお怪我や被害はございませんでしょうか」

 と気遣いの言葉をかける。しかし、このファンの方の相談はその点ではなかったようだ。無事であるし、被害も大きくはないとの言葉の後に用件を切り出す。

「いや、きっとどうしようもない事だと思うんですが。大阪の友人達と観戦する為、自分が代表してチケットを6枚購入しました。そのチケットが6枚とも自分の手元にあり、時間的にも大阪に届ける術がありません。この天候の為自分が観戦出来ない事は諦めますが、京セラドームに行ける大阪の友人5人が観戦出来ない事が気の毒で。何か友人達だけでも観戦出来る方法はないでしょうか」

 読者の皆さんもご存知の事だとは思うが、基本的に観戦チケットは手元になければその効力を有さない。いくら購入の履歴が証明されても持参しなければ入場する事が出来ない。ましてやコピーやファックスで複製したチケットなど有効であるはずがないのだ。勿論、その特性上再発行も出来ない。興行のあらゆる分野でチケットレスの導入等、色々な試みを行っているのだが、現状では開催試合に持参しなければそのチケットは無効になってしまう。出口オペレーターもそれを伝えれば、それで良かった案件だったのかもしれない。しかし、事は災害である。お客さまの事情でも、企業の都合でもない。まして被災されたファンの方が、比較的に被害の少なかったファンの方に託した想い。日常で居られるファン仲間には何よりBsの応援に行って欲しいと要望されているのだ。言わばファンの心の声なのである。

「いや、駄目元で電話してみただけなので諦めます。どうしようもないのは分かってますから」

 少し落胆気味に話されるお客さまに出口オペレーターは切り出した。

「今、私の判断で回答を致しますと仰る通りの回答となってしまいます。ですが、事情が事情ですし、ファンクラブチケットで購入の履歴も確認が出来ております。どうか少しお時間を頂けませんでしょうか。上役に相談致しまして、何らかの方法を採れないか検討致します」

 マニュアル化が進むコールセンター業務に於いて、オペレーターがマニュアルを逸脱した対応をする事はない。粛々とマニュアルに沿って対応する事がオペレーターの使命とも言えるだろう。しかしここはプロ野球球団のコールセンターである。ファンの想い、ファンの夢をないがしろにして成り立つはずがない。出口オペレーターはマニュアル通りの返答を避け、上司の机に歩を進めた。