炎上する表現はわかってるのに、炎上が止まらない理由

 最近は、女性差別、LGBTQ+差別、国籍・人種差別、職業差別など、差別全体が嫌われるようになっています。差別意識が見えると、途端に風当たりが強くなるのです。

 そして前述の炎上は、これがほとんど該当してしまっています。今の時代の空気を読んでいれば、とても言えない発言なのです。炎上するのも仕方がない発言内容だったというわけです。

 ハウス食品の「私作る人、僕食べる人」というCMが、性役割の固定化につながるとして婦人団体から非難を浴びて放送中止となったのは、1975年のことです。日本でジェンダーの観点から広告が問題視された初の事例として知られています。ところが、この時はメディアが問題を理解せず、逆に抗議行動を揶揄する記事を掲載しています。一般の人たちも、メディアも、そんな視点はまったく持ち合わせていなかったので、何が問題なのか少しも理解できなかったのです。

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 今は女性差別には怒っていい、差別はあるべきではないということがわかってきている時代ですが、それはごく最近の話なのです。まだ差別意識が残る上の世代が残っているからこそ、驚くような発言や広告が出てきたりします。まだ認識がそれで問題なかった時代で止まっているためであり、指摘されて初めて気づくということも多いのです。

 このように、過渡期だからこそ問題が起きやすい時期であり、ジェンダー関連、差別関連のことは、投稿でも広告でも何重にチェックしてもしすぎることはありません。さまざまな立場や世代、男性女性両方にチェックしてもらっても、チェック漏れが起きたりします。

 今はどういう発言は許されないのか、すべきではないのか、過去の事例を見て感じ取っていればわかるはずです。ところが、時代を読んだり場を読むことができない人は、この時代の変化を感じ取れないし、感じ取ろうともしません。

 このように、「今は○○すべきではない」という空気は確かにあります。コロナ禍の時はその傾向が強かったので、記憶に新しいのではないでしょうか。それに反発する方も多いし、同調圧力を好まないのもわかります。

 個人がどのような価値観を持つのも、考えるのも自由ですが、もしこれに反する価値観を持っているなら、少なくともSNSには出さないほうがいいでしょう。

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