「Me,We」が内包するもの

――本作では、博士がモハメド・アリの「Me,We」という言葉を幾度も引用しますが、そのニュアンスが前半と後半で大きく変化したと思いました。前半は「私があなたたちの思いを代弁する」という意味合いで、それは博士自身の姿勢から感じられますが、後半は「私の問題はあなたたちの問題でもある」という意味合いに変わってきたように感じられました。

青柳 それは意図したことではありませんが、奇しくも結果的にはそうなりました。博士は、うつになって孤独感が強まると、自分のための行動もできなくなるとおっしゃられていましたけど、博士ひとりが特殊なわけではなく、僕のまわりにも、周りのことも自分のことも考えられず、孤独な状況にある人は少なくありません。博士やそうした人たちに、「ひとりじゃない」と伝えたいという思いはありました。

 

――「Me,We」は他者を勇気づける面が強い一方で、一種の危うさが内包された言葉だとも思います。他人の境遇や感受性を自分にそのまま重ねるというニュアンスを感じるので、むしろ自分の考えの及ばない存在としての他者への、想像力がなくなってくる部分もあるように思うんですね。「わたし」と「あなた」の距離について、青柳監督はどのように思われますか。

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青柳 僕はいままで、シンパシーだけで突き進んでいたところがありますが、ただおっしゃられるように、自分には理解できない他者について考える姿勢も、確かに大切だと思います。

 振り返ると、このことについてあまり考えてこなかったかもしれません。なぜかというと、博士が「(Twitterで)ブロックしない人」だったことが大きいですね。博士は常に開いている人で、誰かと仲たがいをしても、その人と対話する姿勢をなくすことはないんです。博士のそうした姿勢に、安心感を持ってしまいすぎていたのかもしれないですね(笑)。

 

 僕の基本的なスタンスとしては、関わった人の良いところを見つけて、一緒に楽しく生きていこうという感じです。僕自身がこれまで、いろいろな人や場所から受け入れてもらったことが大きいからこそ、そう思うのかもしれません。僕は20代の前半から、フリーの映画監督と名乗って活動をしてきましたが、最初のうちは実績があるわけでもなかったですし、はたから見ればよくわからない存在だったわけですね。でも、そんな自分でもいろんな人が受け入れてくれて、だからこそ、目の前の人と関係を持つことをあきらめずにいたい、と思うのかもしれません。今後もそのような形で、作品を作っていくのではないかと思います。

撮影:鈴木七絵/文藝春秋

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