「こんな出方ないよ、ふつう」身元特定に繋がる腕時計が見つかった“意味”
一般的な腕時計は、ムーブメントケースの裏蓋に、メーカーのロゴや製造番号が刻印されているが、ロレックスの製品は、ケースの側面に刻印されていることが多かった。
岡崎さんがロレックスサブマリーナーを着用していたことは、事前の身元特定品捜査で判明している。ロレックスの本社に保存されている記録で、岡崎さんの時計のシリアル番号も特定されていた。
慎重に発見状況を記録し、ムーブメントケースらしきものを取り出す。すぐにでもこびりついた土を拭き取り、詰まった土をほじくり出して番号を確かめたいが、それはできない。あくまで、発見された状況のまま鑑定に回さなければならない。そのままの状態で慎重に押収し、証拠品袋に収める。
何よりも、身元特定に繫がる腕時計が見つかった意味は大きい。
「アキオだよ。どうしても見つけてほしかったんだろう」
「そうだな、やっぱりアキオだよ。こんな出方ないよ、ふつう」
集まってきた捜査員たちが口々に言った。
間違いなくある……思いが。分かったよ、よく頑張ったな……。心の中でつぶやいた。
さらに三木警部補が土をもうひとさらいして、小さな光り物――よく見ると、1~2cm程度の金属片で小判のミニチュアのようなもの――も出てきた。何かは分からなかったが、岡崎さんが応えたように感じた。
消息を知りたがっているであろう妻子や兄弟たちにこの発見を知らせるべきだが…
「よかった。これで、俺の言うことが信用してもらえる」
高揚した様子の島崎から、一連の経過について調書を録取する必要があったので、島崎と三木警部補、笠井(仮名)巡査部長を次の現場となる島崎の居宅――おそらく、死体を解体しただろう場所――に向かわせた。
現場に枯れ草を被せて修復し、見分を終了したのは、15時55分。みぞれはすっかり雪に変わっていた。冬の日はすでに翳り始めていた。
撤収前の一瞬、峠道に立った。
理不尽に殺害され、バラバラに解体され、焼かれた骨さえも粉々にされて、その灰はゴミのように、人がめったに通らない山中の峠道から崖下に撒き棄てられた。
その時、かろうじて崖っぷちに落ちて残った灰の中に“彼”はとどまり、折り重なった枯れ草、枯れ枝と雪の下でじっと耐え、叫び続けていたのだろう。
本来であれば、もっともその消息を知りたがっているであろう妻子や兄弟たちにこの発見を知らせるべきだが、それは今ではない。その理不尽さを思いながら、「帰るぞ」と心の中で呼びかけ、車に乗り込み島崎の居宅に向かう。
「無」からの証明に続く扉が開かれたことは間違いない。「無」の期間が長かっただけに達成感はある。
ただ、その先に続く「死体なき連続殺人」の立証を一つの道程と考えれば、ここで1人の被害者の遺物が発見されたことは、先に続く道への入り口を照らす明かりが灯ったに過ぎない。
さらに、それを証明に繫げなければ、道は途絶え、すべては「無」のままである。「無」が続けば凶行はこれからも続く。
そこにクサビを打ち込み、終わらせなければならない――。
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