1993年4月から8月にかけて、埼玉県北部で犬の繁殖・販売業を営む元夫婦らにより、3件、4人の男女が次々と毒殺される事件「愛犬家連続殺人事件」――正式名称「埼玉愛犬家等連続殺人・死体損壊・遺棄事件」が起きた。
徹底して死体を損壊・消滅させることに執着した犯人らは、遺体をバラバラに解体し、切り刻み、焼いた上で、無残にも山林や川に撒き棄てた。主犯の元夫婦は逮捕され、2009年に死刑判決が確定した。
当時、世間の耳目を集めた前代未聞の「死体なき連続殺人事件」は、どのような捜査が行われていたのか。犯人らが及んだ凶行の実態とは――。
ここでは、「愛犬家連続殺人事件」の捜査を担当した伝説の捜査官・貫田晋次郎氏の著書『沈黙の咆哮』(毎日新聞出版)より一部を抜粋。被害者が解体された現場の状況を貫田氏が振り返る。(全3回の3回目/1回目から読む)
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死体解体が行われた第8現場へ向かう
山を下りて、第8現場のポッポハウスに向かう途中の公衆電話から、行田署で待つテンドウさんに電話を入れた。電話の向こうから、
「令状は取らないのか?」
と、テンドウさん。
「川(塗川)の捜索もあるし、(捜索を)やる時は、着手と同時にやるようだろう」
「(着手を)早くやらないとだが、鑑定を急がせないと検察に説明できないな」
「石橋(仮名)検事には明日にでも連絡する」
これまでのあらましや発見された物について事務的に報告する程度のごく簡単な内容だった。
テンドウさんは、驚いた様子もなく淡々としていた。
「一課長と署長には報告しておく。いずれにしても、明日(行田署に)来てくれと言っておく」
そう簡単には着手まで進まないだろうと考えている様子が伝わってくる。舞い上がらず、事態を冷静に捉えているところに安心感を覚えた。
浴槽には、バラバラにされた人体が投げ込まれ…
16時5分。第8現場である、ポッポハウスに着いた。島崎(仮名)自作の住居である。すでに、先行した島崎と三木(仮名)警部補、笠井(仮名)巡査部長によって、発見状況の調書作成が行われていた。解体が行われたという浴室を中心に、計測をしながらの確認を行う。
浴室の壁板には、数センチのシミのようなものがあった。島崎に尋ねると、解体後に気づいたもので、肉片が貼り付いていた跡だという。何度も洗ったが染みは落ちないと言った。試薬もないし、血液かどうかの判別もできないが、解体現場の重要な物証になるかもしれない。後の検証の時には、壁板を剝がさなければならないだろう。
そのシミの他には、特異な臭気も感じなかったが、間違いなくここで4人の死体が解体された。浴槽には、バラバラにされた人体が投げ込まれ、洗い場の壁際には、赤味のある生骨が並べられたという。

