1993年4月から8月にかけて、埼玉県北部で犬の繁殖・販売業を営む元夫婦らにより、3件、4人の男女が次々と毒殺される事件「愛犬家連続殺人事件」――正式名称「埼玉愛犬家等連続殺人・死体損壊・遺棄事件」が起きた。

 徹底して死体を損壊・消滅させることに執着した犯人らは、遺体をバラバラに解体し、切り刻み、焼いた上で、無残にも山林や川に撒き棄てた。主犯の元夫婦は逮捕され、2009年に死刑判決が確定した。

 当時、世間の耳目を集めた前代未聞の「死体なき連続殺人事件」は、どのような捜査が行われていたのか。犯人らが及んだ凶行の実態とは――。 

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 ここでは、「愛犬家連続殺人事件」の捜査を担当した伝説の捜査官・貫田晋次郎氏の著書『沈黙の咆哮』(毎日新聞出版)より一部を抜粋。遺骨の一部が発見されたときの状況を貫田氏が振り返る。(全3回の2回目/3回目に続く

写真はイメージ ©GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

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「何も出てこないぞ!」難航する遺棄現場での検索

「何も出てこないぞ! 本当にここで間違いないのか、ここに棄てたのか? どうなんだ!」

 三木(仮名)警部補が声を荒らげて島崎に詰め寄った。島崎(仮名)は最初に示したよりもさらに崖側の範囲を靴で線引きし、必死の形相で訴える。

「間違いない。崖に棄てる時、確かにドサッと手前に落ちた。もう一度、ここから崖側の方をよく探してくれ」

 案内を始めた1時間半前の、余裕を見せた態度とは一変していた。

「崖っぷちを中心にもう少し土を払いながら探してみよう」

 苛立つ三木警部補と島崎をなだめ、捜査員たちに声をかけ、各自で地点を決め、地表部分の泥を手で払いながら検索を続けた。

 何も見つからない時間は長く感じる。みぞれはいつしか雪に変わっていた。

「これ、骨じゃねーかね」「焼かれた人骨に間違いない」

 もうここまでか。そろそろ撤収に移るか。そう考え始めた矢先だった。渋谷(仮名)巡査部長が静かに声をかけてきた。

 落ち着いた声だった。指差す先に目をやった。「崖っぷち」から1mくらいの所に白っぽいものが5~6個見えている。さらに注視すると、土の色が円形状に黒っぽく変色しているのが分かる。

 鳥の巣から卵の先が覗いているように見えなくもない。火葬場で目にする骨よりさらに白く見えるが、おそらく焼骨片に間違いないだろう。

 急いで、特命班の一人である科捜研の駒井(仮名)技官に確認を依頼した。駒井技官は、「詳しいことは調べてからですが」と前置きをしたうえで、言下に判断した。

「焼かれた人骨に間違いないと思います」

 それまで各々持ち場を検索していた捜査員たちが、いつの間にか集まってきた。

「出てきてよかった。これで俺の言うことを信じてもらえる」

 島崎が興奮気味の声で三木警部補に向かって叫んでいる。