「ともに、作ろう、鶴を」
私はウィリアムズ家のために、日本からのお土産として色んなものをトランクに突っ込んでいた。彼らホームステイを受け入れるだけあって異国の文化に興味があるらしく、私が持っていった日本的なあらゆるものにも大変興味を示してくださった。中でもジャックやその弟や妹が食いついたのは折り紙だった。
『これ知ってる! いろんな形のものを作れるんでしょう?!』(今後、二重カッコのセリフは英語として読んでいただきたい)
特に食いついたのは妹で、色とりどりの折り紙を楽しそうにぱらぱらと手に取った。ただの正方形の紙から鶴とか花とかそういうものを作ってしまう日本人の器用さは、外国人に対してウケがいい――事前にそんな情報を仕入れていたのだが、まさにドンピシャリだった。
『ともに、作ろう、鶴を』
私は持参していた電子書籍で鶴を検索しつつ、妹にそう伝えた。彼女は喜び、喜ぶ彼女を見守るウィリアムズ家もニコニコ笑顔だ。
鶴の折り方は覚えていったほうがいい――これも、日本を発つ前に仕入れた情報だった。私はそれまで、偶然にも「折り紙で鶴を折る」という経験をしておらず、このお土産を喜んでもらうために急きょ折り方を記憶した。その努力がまさに実る瞬間が訪れたのだ。
こうして、こうして、こうして、と、私がするとおりに、妹さんが紙を折っていく。ただの正方形が鶴になるなんてアメイジング! という期待感がリビングに満ちる。
しかし、私は、かなり序盤の段階で、顔を引きつらせていた。
折り方を忘れたのである。
出発前あれだけ練習したのに、いざ正方形の紙を目の前にすると一体どうやってこの紙から鶴が誕生するのか見当もつかない。急ごしらえの記憶は、ここ数日間で出会った様々な初体験によって脳から追い出されていたのだ。いくら折っても鶴らしき輪郭が見えてこない。いよいよ妹さんも不信感を露わにし始めたところで、私ははたと手の動きを止め、言った。
『忘れた。終わり』
突然の幕引きだった。でも、申し訳なさやふがいなさを伝えるだけの英語力を持ち合わせていないのだ。Wow……という空気の中、テーブルには鶴にも何にもなり切れなかった化け物が二つ転がっている。これが初日の夜の記憶である。
(後編に続く)
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