数学のノーベル賞とも称され、傑出した業績を挙げた数学者に与えられる「アーベル賞」を、日本人として初めて受賞した京都大学数理解析研究所(数理研)特任教授・柏原正樹氏。その研究の原点と、恩師であり日本を代表する数学者・佐藤幹夫の影響について振り返った。

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師との出会い

 私が数学の研究を始めたのは22歳のころ。かれこれ50年以上数学の研究に携わってきました。特定の論文や業績ではなく、長年の研究成果を評価しての授与だと説明されました。受賞理由を聞くうちに、数学のなかの複数の分野を横断し、結びつけるような研究が評価されたことがわかりました。

柏原正樹氏 Ⓒ文藝春秋

 数学は大きく分けると、微積分や微分方程式を扱う「解析」、数を調べたり、文字式を扱う「代数」、そして形を記述することで物事を数学に落とし込む「幾何」の3分野があります。たいていの数学者は、1つの分野に沈潜し、掘り下げていくのですが、私はそれらの分野をつなげながら研究をしてきました。最初は解析と代数を横断する研究から始まって、幾何に移り、そして今は代数の研究をしています。

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 私が修士論文などで扱った「D加群」の仕事と、その後行った「表現論」の仕事は一見すると別の分野の研究です。そういうこともあって、どうも別の「Kashiwara」さんによる仕事だと思う人も多い。どちらも私によるものだと気づいた人にびっくりされることもありました。

 D加群は解析と代数を結びつけた研究でした。表現論へはD加群の応用先を探して辿り着いた。ですから、D加群と表現論は私のなかでは自然につながっています。また、数学という学問の本質から考えても、これは不思議ではありません。

 というのは、数学の各分野は掘り下げていくと、深いところでつながっているものだからです。そのつながりに着目して、探求された新しい数学が日夜生み出されています。例えば、表現論は一見、代数の分野に見えるのですが、非常に深いところで幾何とつながっている。有名なフェルマー予想の証明も表現論と深い関係性があって、幾何ともつながっています。フェルマー予想の証明は、2013年にアーベル賞を受賞した、ピエール・ドリーニュが50年ほど前に解いた代数と幾何の統合を試みるヴェイユ予想の結果が基盤になっているからです。

〈柏原氏は代数解析学の中核をなす「D加群」の研究で著名だが、それは、代数解析学を立ち上げた恩師・佐藤幹夫の提案によって始まった。佐藤は「佐藤超関数」や「代数解析学」の創始をはじめとする独創的なアイデアを次々と発想したが、論文をあまり書かなかった。代わりに「佐藤スクール」と呼ばれる弟子たちが、そのアイデアを元に研究を進めていった。

 柏原氏もその1人で、佐藤が1970年に東大から京大の数理研に移った1年後、師の後を追うようにして同研究所に入った。その後、数理研の代数解析学講座の初代教授を務めることとなる。〉