「ひとり三役」で駆け回っていたしおりさんに、家庭生活を顧みる時間はなかった。いや、もしかすると妻や子どもとどう接したらいいのか、分からなかったのかもしれない。

 自営業だったしおりさんの両親は時間に追われる生活で、小学生の頃から食事の用意を含め、弟ふたりの世話をするのはしおりさんの役割だった。特に父親はたまに釣りに連れて行ってくれる程度で、親しく過ごした記憶がほとんどない。昭和の家族には珍しくない光景かもしれないが、しおりさんは大人になってから関係を深めることもできなかった。

明るく振る舞うしおりさんだが、家族との関係は複雑だという

アルコール依存症の父は、自死を選んだ

 実は、しおりさんは会社員になりたての頃に父親を自死で亡くしているのだ。

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 アルコール依存症だった父は、お酒を飲むと豹変したという。一緒に暮らす母親に暴力を振るい、酷いケガを負わせることが続いていた。

 ある日、父親とケンカをした母親が、しおりさんの家に逃げてきた。腹を立てたしおりさんは父親に電話をかけ、辛辣な口調で言い争った。翌日、会社で仕事をしていると、父親が自死したという報せがあった。

「いま思えば、人に迷惑をかけながら生きていくっていうのも限界だったのかなと思います。父親の死が自分を変えたということはないんですけど、子どもの時は一緒に遊んだことがなかったから、大人になって時間が取れるようになったら…とは思っていました。今でも魚釣りに行くと父を連れてきたかったなとか、おいしいものを食べに行くと一緒に行きたかったなって思いますよ」

 しおりさんの思い出に残っているのは、いつも忙しそうな父親、酒に酔って暴れる父親で、子煩悩な父親のイメージは全くない。その影響か、しおりさん自身の3人いる子ども(双子の長男、次男と長女)との接し方にも、距離を感じる。

「子どもは子どもの世界、私は私の世界だから、子どもたちと一緒にいろいろなことをしようとは思わなかったよね。勉強は自分の塾で見ていたし。小さい頃から18歳になったらうちを出るんだよと伝えていて、大学が決まった段階でみんなうちを出ました」

息子の結婚式当日、妻から…

 妻との関係も、円満ではなかった。しおりさんが改めてそれを自覚したのは、息子の結婚式の当日だった。