「女装を始めたらね、新しい世界が始まったの。ほんと、とんでもない世界だったわ」
愛知県を中心に東海地方で絶大な人気を誇るしおりさんは穏やかな笑みを浮かべてそう話す。本名、柴山和幸。女装を始めたのは2016年3月、65歳のときだった。それまでも十分に波乱万丈だったしおりさんの人生は、女装を始めるとさらに一変し、名古屋のドラァグクイーンとして今では東海地方を中心に多くの人に愛される有名人だ。ライブを開催すれば1000人近くが集まり、レシピ本を出版すれば予約段階でアマゾンランキングの総合1位に立つほどの人気ぶりである。
ブレイクのきっかけは、2019年に中京テレビの番組『PS純金』に出演したことだ。番組内で、創作料理レストラン「Ristorante Va bene(リストランテ ヴァ ベーネ)」の店主であることに加え、学習塾「明教館」の塾長として1000人以上の子どもたちに指導をしてきたこと、さらにスキーはインストラクターの資格を持ち、陶芸歴40年、ギターもプロ並みの腕前と紹介され、ついた呼び名は「スーパーヒューマン」である。
見た目のインパクトと多才さ、ユーモアと知性を感じさせるキャラクターで脚光を浴びると、その後、『PS純金』で何度も特集が組まれるようになり、冒頭のような有名人となった。しかし、その素顔については番組内で断片的に語られる程度で、ほとんど知られていない。女装を始める前、名古屋のスーパーヒューマンはどういう人生を歩んできたのだろうか。本人への取材を実施し、数奇とも言える人生を振り返ってもらった。(全3回の1回目/続きを読む)
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小学生のころから弟たちの「親代わり」として振る舞った
しおりさんは1950年に名古屋で生まれた。自営業の父と二人三脚で父を支えていた母は多忙で、いつも長男としてふたりの弟の面倒を見ていたという。小学生の頃から、弟たちの食事を作るのもしおりさんの役目に。釣り好きの父に連れられて川や海に行き、魚のさばき方も覚えた。
「父親が料理に凝るタイプで、うどんなんかも手打ちしていました。料理好きなのは、そういう部分を受け継いだのかな。料理や魚のさばき方は教わったっていうより、見て覚えてね。弟たちによく作っていたのは、焼きそば。私は玉ねぎを入れるんです。玉ねぎを入れる焼きそばってほとんど見ないけど、おいしいの」
