歴史ある美術館や、大きなコンサートホールや、立派な図書館などではない、どこか世界の片隅の、ありふれた家の中にもちゃんと美の表現者はいる。そう思うとなぜか幸福な気持になってくる。自分の生きている世界の隅々が、美に満たされているのを感じる。

 子孫を残せなかった彼だが、空想の抱卵により、自分の体温を次の世代のために使う体験を味わうことはできた。それにしても、巣の中で卵を温める時、鳥がこれほどの歓喜を感じているとは、本当に驚くほかない。この場面のクラレンスは、大きなお腹をさすりながら、まだ見ぬわが子に向かって歌を聞かせている親そのものだ。貴重なその歓喜の様子を私たちに示してくれたキップスに、感謝を捧げたい。

ピアニストのキップス夫人のもとで、クラレンスはその才能を見事に開花させた。写真:piamun/イメージマート

男の子の一番の親友は、お母さん

 もう一つ忘れ難いエピソードがある。楽しかった一日の終り、親しくくっついてこちらを見上げるクラレンスの目に現れる心を、彼女は次のように翻訳する。

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「僕にはあなたこそが必要なのです。なんだかんだ言っても、結局、男の子の一番の親友は、お母さんなんですよ」

 ここを読んだ時、彼らが真に家族の情愛を分かち合っていると確信した。男の子を育てる感動が、この二行に凝縮されている。そう、その通りだ、と私は一人で大きくうなずいた。男の子とはある一瞬、とてつもない愛の告白をプレゼントしてくれる生きものなのだ。それは母親にとり、一生分の苦労を帳消しにしてもまだ余るほどのご褒美となる。

 クラレンスは言葉を持たない。にもかかわらず、彼らが意思を伝えるのに苦労している様子は微塵もない。それどころか、言葉にしないからこそより大切な心を表現し合っている。ならば、人間が編み出した言葉とは一体何なのだろうと、つい考え込んでしまう。他の動物が誰も選ばなかった、言葉を持つという道を突き進む私たちは、どこへ行こうとしているのか。

 言葉を選ばなかった彼らは、決して愚かだったわけではない。どんなにか弱く見えても、その内に、人間以上の賢明さを隠している。それを発見し、驚きに打たれ、敬意を表する人生がどれほど豊かなものか、クラレンスとキップスは証明してくれている。

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